まさか、全然違うやん!

言霊師まきのブログへようこそ。

わざわざ読みに来ていただけるということは、何かしら「見えない世界」「心について」「不快さを解消したい」「苦しんでいる」ことについて、出口を探し求めているからこれを読んでいるのです。

言霊師として自称していますが、「真言宗」の「真言」=「言霊」と捉えて差し障りはありません。言葉→言霊に転換する力を持っているので「真霊正(ことたまし)」と名乗らせていただいています。

ペラペラの葉っぱと変わりない言葉は、これはこれで大事です。
けれども、伝わって欲しいものが伝わらないもどかしさ、不愉快さを乗せるとか、優しさが仇になるとか、誤解の元となるものでもありますが、言葉しか知らない者同士だと円滑に交流が出来たりもするので問題になっていないとも言えます。なので、今更言葉から言霊に転換して、力を取り戻す必要があるのか? というと「ない」とも言えるのです。ただ「ある」と言う方が、わたしは好きです。何故なら、それが自然体でいられるからです。

 

わたしはかつて、誤解されることが嫌でたまらず、自ずと誤解なきように、言葉を重ねて、あらゆる方向性から嫌われぬようにフォローする言葉で補っていた時代がありました。結果、嫌われていくのです。仲良くなるほどにね。気兼ねがいらなくなると、ダメになっていきます。

 

このように、言葉のやり取りで、人間関係を悪くしている人はたくさんいると思います。

じゃ、その言葉ってなんなの?
言葉の意味って知っているの? 別の言葉で解説できるの?
と、問われたこともない質問をされたとき、答えられる自分がいるのかどうかが、その言葉の深みを掌握しているかです。

 

【言葉】覚醒
1.口から出て来た思い。
2.口にしたくない気持ち。
3.苦痛が伴う行為。
4.わかっていない感覚から出る誤魔化し。

これを言葉として認識してみてください。
言葉の本質を追究すると、このように解釈が生まれます。

ここでは、辞書にないことを説明しています。
失われた言霊から言葉になってしまった理由はさておきとして、今は言葉を使うしかありません。
それでも、言霊に切り換えることが出来るなら、人とのコミュニケーションは円滑に回るようになるものです。

【言葉】想念(誤解されている解釈)
1.正しい思い。
2.気持ちが表れたもの。
3.意味を要約してまとめられた一句。
4.人それぞれ解釈が違う曖昧なもの。

これが現在、自然に使われている言葉としての感覚だと捉えてください。
言葉ひとつ解釈を取り上げても、想念から覚醒とした意味を持ち直すだけでも、言葉を使う度に苦痛を抱くことがわかり、相手からも伝わることがわかれば、それを正していける道が拓けます。

言葉にした瞬間、それは識別できるのです。
言わなければ分からない。というものです。
言わずとも分かる領域は確かにあり、それを感じ取るのも霊性ではありますが、「言葉ありき」として考える力を養ってください。

 

【言霊】覚醒
1.放てば伝わるもの。
2.望まれた思いが込められている姿。
3.その通りになる力。
4.知っていること。

【言霊】想念(一般的な解釈)
1.何か力がきっとあるに違いないもの。
2.よくわからないもの。
3.使えないから協調して伝えるもの。
4.言葉が姿を変えるだけで騙されてしまうもの。

一般的な解釈を見ると、4つ目は、「言葉遣い」「言霊使い」とするだけで、人はコロッと騙されて「なんか凄そうだ」と思い込ませる力があるってことを言うんです。覚醒の方では、4.知っていること。ですから、言霊で話されると、心地よい訳です。不思議と深く頷いてしまう自分に気づけたり、様々な誤解が紐解ける体感がやって来てしまうものです。

 

これらは、言霊師まきのセッションやスタッフ陣のカウンセリングを受けると実感することが出来る筈です。ただし、あなたが頭を下げることが不可欠です。「相談を受ける」には、「困っている」という事実を認める必要があります。「それ、本当のこと?」とカウンセラーに騙されたらいけないとして、疑って関わり、真偽を確かめてから、受け取ろうという姿勢でいる限り、何一つ受け取れません。

カウンセラーがクライアント(相談者)を仮に騙したとしたら、それは信用問題に関わり自分の首を絞めるだけです。「信じたのに」「確かめたはずなのに」「あの人がいいって言ったから」「こんな扱い受けるなんて思わなかった」など、クライアントさまが、カウンセラーに対してそんな感想を抱くことになるとしたら、それをクレームとして伝えることが適切な対処法です。それをせず、自身の知人や別のカウンセラーに相談するのは間違いだと心得てください。

クレームを正しく言える心が、自身に気づきをもたらせてくれます。
当人に言わず、別の人に相談する限り、「不快な気持ちをまき散らす行為」をしている自身に気づけないのです。別のカウンセラーはあなたの味方になるものです。そしてしばらくしたら、そのカウンセラーに対してもダメ出しして、別のカウンセラーを捜し求めることにもなります。

これが悪口でない場合も生じます。「あの人はもういいかな、次の人素敵〜」と転々としている場合も、自分の心を改める気がないときだと疑う気持ちは必要です。自身の姿勢がどうなのか? 自分で気づくしか手立てはありません。

 

ここでは、【言葉】と【言霊】の違いを明確化してみました。
そして解釈の誤解の程を区別して見せて、言葉のニュアンスがどんな具合に含まれているのか定義づけしました。これらを踏まえて言葉にすると、それは言霊としての力を帯びてきます。

その為、「知る」ということは、そのまま力になるということです。
霊性の道は、知ることでもあります。

知る為には、知らないことだと自覚する必要があります。
それを認めることは苦しいことですが、「知りません」と言える心を養ってください。
養う力は、あなたにしか出来ません。
自分で自分に対して、どのように扱っているのか自覚し、切り換えていくことです。

 

同じ言葉を使いながら、含まれている意味が違うものなのです。

 

このブログに辿り着いたことの意味を考えてみてください。
必要とし続ける価値があるか、自分の今の力で判断してみることです。

 

反射的な心の作用に翻弄されて生きるのをやめて、自分を生きる道に踏み出すには、心の構造そのものを作り直していくことが不可欠です。そのお手伝いをするのがこのブログです。

 

自分が今何を必要とするのか感じてみる心が大事です。
「続けて読みたい!」
「何これ、面白い!」
「為になるわ」
「当たり前のこと書いてるわ」
と、感じたのか。
「何だか責められている気がする」
「気分悪い」
「頭に入ってこない」
「高圧的で気に入らない」
と、感じたのか。
人それぞれ、感じ方は違います。

同じものを見ながら、同じ解釈や感じ方をしないものです。
それだから、人との関わりにおいてトラブルが生じるのです。

 

なぜ、感じ方がこれほどまで違うのか、それを探求する心があれば、ついてきてください。

 

 

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