うまく行かない どうしたらいいの?

言霊ブログにようこそ。

出口が見えなくなって、どこに向かったらいいのか?
こうして、色々気になるブログを渡り歩いて、自分にヒットするものを探している。
そうだね、そういうやり方しか見当たらない。

このブログに出会うのも必然と捉え、「意味がある」とか「ハイヤーからの贈り物」とか「欲しかったもの」するとか、自分なりに解釈をつけて見ないと本当に何もわからないし、得られない。

昔は、「偶然はない、必然しかない」という言葉さえ、戸惑いを覚えたもの。

全部、自分で決めたものだから、必然ということの方がしっくり来る。

でも、偶然という言葉も大事。思いがけずに再会を果たした。なんてのも、会うべくして出会った。というのも、どちらも大切な言葉の使い方。

 

自分自身で自分の世界を歩き出すなら、必然という言葉を使って、踏み出して行くのは素敵なことだと思う。でも、それならもう人のせいにするなんて表現を脳内で使うことは慎まないとね。「口に出すのも、思うのも一緒だよ」って自分に言ってみたらいい。

 

まだまだ偶然という、得体の知れない何かの力に翻弄されて生きているんだって言うのも、素敵だよ。だからといって、人のせいにするのも違うよね。ましてや自分のせいにするのもさ。どっちも浮かばれないからね。じゃ、偶然という奇跡を起こしてもらえたとするなら、この何気ない毎日の中での「偶然」って「何かが答えを知って届けてくれている」って事だものね。立ち止まることも、手にすることもさ。見えない神秘的な何かがってこと。

 

偶然は、どこか他人のせいに出来てしまう余地が多く残っていてさ、物語の中での「偶然」は美しく見るものだけど、現実の自分の目の前に起きるものはそうとは映らない。それでも、「ひどい」と感じた偶然を必然に変えて「ありがとう」に置き換えられるなら、その偶然は、とても大事な奇跡のはじまりとなるんだよね。

 

奇跡はさ、自分で起こしていくものだって、教わらなかったかい?

 

うまく行かないときは、いくらだってある。

そんな時は、気分が塞ぎ込んでいたり、何か今必要でないものに囚われていたりして、引きずられていたりしていないかな?

それって当たり前のように「成功したい(失敗したくない)」とか、「認められたい(否定されたくない)」とか、「わかって欲しい(嫌われたくない)」とか、「いい子でいて(出来ない親と言われたくない)」とかがあるよね。こんな裏側の気持ちを引きずっていて、物事に挑んでもうまく行かないさ。

人に確認取るのではなくてさ、「失敗しても、わたしが付き合うよ」とか「否定されても、わたしは肯定するよ」とか、「嫌われても、わたしは嫌わないよ」とか、「出来ない親と思われても、この子はわたしを必要としてくれている」ってわたしが自分に伝えてあげる事だよ。

 

そしたら、うまく行くはじまりが作れるよ。

 

「成功? ううん、もういい。やるだけやる」ってなるよね。

「承認? 確かに欲しいけど、それがもらえるまで、妥協せずにやるよ」ってさ。

「わかって欲しいよ? そりゃさ、でもわたしがこの自分をわかってあげないとね」って。

「いい子にしていてって? もう思わない。わたしが不機嫌だから笑わそうって、ふざけていたってわかったから」ってね。

 

自分の世界を創り変えて行くには、ちょっとした勇気が必要です。

でも、それは誰が見ている恥ずかしさや、苦々しい思いとかでなく、わたしが自分を知るときの怖さなんだよね。だからさ、少し勇気持って、隠していていた自分を見つけて、認めてあげてね。

 

立ち寄ってくれてありがとう。

普段、読みに来ないこのブログに来たのは偶然の出会いだよね。

それを必然の奇跡に変えるのは、あなた自身です。

 

わたしはあなたを必要としています。
あなたと出会いたいと願っています。
願いを叶えてくれるのは、あなたしかいません。
あなたが奇跡を起こせたら、きっとあなたの周りにいる人たちも幸せな気持ちに浸れると思います。他でもないあなた自身の為、そしてあなたが愛する人の為に、「今まで無視していて、ごめんなさい」と自分に伝えてください。

 

ランキングボタンがずーっと下にあります(パソコンは右脇)。
あなたに出来る人を「幸せにするお手伝い」が、そこにあります。
押してくれると、「嬉しい」が届きます。その嬉しさは優しさのエネルギーです。どうかギフトを受け取ってください。

ブックマークしてください。
そして「あ、そうだ」と偶然にも思い立ったら、また来てください。

SNSでもご購読できます。

コメントを残す

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。