知りたいこと(知りたくないもの)

言霊ブログへようこそ。

ブログが読めていたのに、読めなくなった。
そんな話を聴くことがあります。
どうしてそんなことが起きるんでしょうかね?

読みたくなるもの、読みたくなくなるもの。

別に悪いことが書いてあるわけじゃないのに、近寄れなくなるとかね。

ブログなら読まないで済みますが、学校や会社だとそうはいかない。
今は学校も行かなくていいなんて動きがありますが、会社はそうじゃないよね?
会社も辞めてしまえってなる? まぁ、もちろんそれでも良いかもしれません。

でも辞めていいものと、耐えて自分を改め続けて行くものと、違いがありますよね?

それ履き違えず、アドバイス出来ている? 判断できている?
ってなると中々難しいかと思います。

わたしは、その立場に立たされている人自身になっても、霊性や云々で「正しい」かどうかなど判別しようがないと思っています。だから、やってみるしかないともね。

 

「無理して会社に行き続けて、欝になって会社辞めてしまった」

というのも、後から「辞めて良かったのに」と欝でボロボロになった姿を見ながらなら言えるけど、無理して隠して笑顔を振りまいている相手が「辞めたい」と漏らしたら「え? もったいない」とか反応したら、二度と相談できないし、辞めてはダメだと絶対思うのね。結局、欝にならないと辞めていい理由作りが出来ないとなる。

 

こういう時も、なんで行きたくないのか?
相談したのに、行けって言われたのは嬉しくないとか、自覚出来ているなら、もう自分は会社を辞めたがっているって事だったりします。
ただ、正当な理由が見つからないのが難しいところ。

 

こんな指標を持って見てください。

0.人の話など全く聴いていない。
1.このままでいい。
2.気持ちを大事にしたい。
3.心地よい方向に向かいたい。
4.自分を改めたい。
5.正しいことはわかる。間違いを正しいと思い違えることなどないと断言する。
6.批判には耐えられない。
7.厳しいことを言う人は人の心がわからないと信じている。
8.いい人と悪い人は見分けがつくと信じている。
9.自分はいい人です。
10.あなたは悪い人かも知れないけど条件付きで許します。
11.人を見かけでは判断しません。

 

意外と、11.人を見かけでは判断しません。って心で思っていても、実際にやっているほとんどが0.人の話など全く聴いていない。って姿だったりします。よしんば、聴く姿勢を持っていても1.このままでいい。として、話を聴かない状態とさして変わりなかったりします。

追求して、どうして? って確かめていくと、2.気持ちを大事にしたいの。と答えられたら、もう二の句を告げません。アドバイザーからとしても、「気持ち」という本人が嫌がることをしてはならないって壁を前面に押し出されて拒む姿勢を見せられては、もうどうすることも出来ません。本人は、自分の幸せの道筋が絶対的に存在しているので、それから外れる情報は受け付けないのです。3.心地よい方向に向かいたい。本人からしてみれば、心地よい方向に向かっているつもりです。それでいながら「うつ」とか「会社行きたくない」とか、あの人に会うことを思うとため息が出てしまうなど、不調に繋がる心がそこにあるとは思いもしないのです。

ブログが読めていたのに、読めなくなった。

というのも、そうした自己都合に悪いものを敏感にキャッチして、遠ざけるのです。

11.まきさんのこと尊敬しています。と言うのです。

それでいながら、0.人の話など全く聴いていない。とかするのですね。
1.このままでいい。とか、2.気持ちを大事にしたいの。とか、言うのです。
3.心地よい方向に向かいたい。訴えて来てくれるし、4.自分を改めたい。って熱意も見せてくれるのですけど、5〜10の解釈で、心を改めることは出来なかったりします。

 

人との関わりでうまく行かないのも、こうした解釈で関わる場合です。

自分の軸がそもそも気づきの姿勢でないのです。

どこか保守的で、自分は正しく、相手は間違いという感覚を拭い去れないのです。

言い換えれば、尊敬しているのに、まるで言う通りにしようとする気はない自身の姿に気がついていないことが問題を放置させていることになります。

 

それに気づかせてくれるのが「あれ、ブログ読めない」という自身の反応です。

 

気づきの姿勢に入っている人の心は。

0.(目覚めているのでこの領域は消え去っている)
1.心の味方はわたしだけです。
2.感情の乱れは気づきに繋がるサイン。
3.思い違いはないかいつも観察している。
4.事実を認めないと改めようがない。
5.欠点を言ってくれ。
6.自分一人でやらせてくれ。
7.見ててくれるだけで力になる。
8.あなたを見れば自分の姿だとわかる。
9.心は色んな顔があり、どれも欠かせぬ私です。
10.あなたを無条件な眼差しで見ると決めました。
11.人は見かけに囚われる。囚われたから囚われない姿を見ることが出来る。

このようになります。
この姿勢に意識がシフトすると、読めなかったブログが読めるようになります。

知りたかったことは、顕在意識の頭のおしゃべりが、あなた自身の最大の味方にしておく必要があるということです。脳内おしゃべりが、どんな酷いことを言っても、それは2.感情の乱れは気づきに繋がるサイン。ですから、酷いことではないのです。サインです。それに気づくには、1.心の味方はわたしだけです。が必要なのです。まずは、この部分の感情解放が急務です。

 

みんな落ち込むこととか、不愉快な気分に陥ることを「悪い」と解釈していますが、身体がバランスを整える為に、その不調になることが正常だとしたら? 正常に至る過程を否定することになります。身体に侵入したウィルスを除去するのに熱を出して退治しようと免疫作用が働くのを、熱はイケナイものとして発熱を取り除いたら? ウィルス除去しつつ、発熱が下がる作用ならいいかもね。

恒常性(バランスを回復させる機能)を見誤らないことです。

何よりも、4.事実を認めないと改めようがない。です。それを忘れないでください。自分が誤りなら、自分がそもそも全部最初から間違っていた。と認めない限り、気づきなど起きないのです。

 

今日は、姿勢について書いてみました。

主婦の皆さま、生きる姿勢は、いかがでしたか?

目覚める前の心、目覚めた後の心、では、様々な心の領域の姿勢そのものが違うのです。

うつ、偏す頭痛、気怠さ、不信感、わかってます感、近寄りたくない感、人に合わせてしまい自分を隠す感、後ろめたさ感、言い知れぬ不安感、取り残され感、被害妄想などに見舞われている場合は、前者の可能性をご検討ください。そこから抜け出すには、行動で変えていくことです。内観で変えるものではないとしたら、踏み出せますか? ってことです。

世の中、ビジネスの世界などで言われている行動力など実践力などを、心を改めると同時に行動にも反映して動くことでしか、開かれない扉があるってことです。

 

やってみてください。

 

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