何が起きているかわからない 識に触れる その3

言霊ブログへようこそ。

ささ、退屈な話になりかけているので、てこ入れしていきましょう。

識なんてものに触れて、奥様方、主婦の味方になるなら、いくらでも学ぼうってものですけど、そうでないならスルーでしかないです。

興味持てませんもの。

1.眼識は、「物事を良いように思い直す眼差し」というものなので、これは通常見比べて、どちらの方が質が高いなって感じられる感覚的なことを指します。

 

「精鋭者」からすると、「このブログどう思う?」なんて問われたとき、ざっと見て読みやすさ、わかりやすさ、感じの良さなどの各項目をチェックして良し悪しを決めて、答えを導き出す。というものを思い浮かべるのではないかと思います。

「生産者」ならば、雰囲気を感じ取り、「なんかいい」「そうでもない」と感覚的に善し悪しを決めることのように思うかも知れません。

「芸能者」ですと、読めるか、読めないか、興味を惹くかどうかで決めることを締めている気がするかも知れません。

ですが、どれも「眼識」という識の使い方ではないのです。

 

眼識(げんしき)という「眼」という字を当てるから、視覚的情報かと思われるかも知れませんが、違うのですね。

五感とは全く別のものです。

 

「精鋭者」が、眼識を表現するなら、「ここに二つのリンゴがあります。このリンゴの良し悪しを判断するに、眼識を使って見分けるとすると、Aのこちらのリンゴは、「食べ頃」だと伝えてくれ、Bのこちらのリンゴは、「焼くなどして、加工して食べた方がよい」という事を伝えてくれている。」とする。

「生産者」なら、眼識を使うと「二つのリンゴを眼識で見比べてみると、二つとも今すぐ食べてと我先に訴えかけています。こちらのAのリンゴは少々せっかちで自分が選ばれないのではないかと、焦っています。BのリンゴはAのリンゴの焦りを面白がるくらいの余裕を見せて、わたしの方が美味しいと主張しております」とするのです。

「芸能者」なら、眼識を使うと「二つリンゴを眼識で眺め見ると、リンゴ同士で相談をはじめたことがわかりました。どちらが先に食されるかを決めているようでした。君は後の方がいい。少しでも生きながらえてくれ。などと話しているのが聞こえてきそうです。わたしはもう少しこのやり取りを眺め見て楽しむことにしました」となるのです。

 

眼識で物事を捉えると、まるで妄想している創作作家のような言い回しや、表現性が浮かび上がってくるのです。物に自然と話し出したり、自己主張しているかのように個性を持ち出すのです。

思わず笑ってしまうようなやり取りが見て取れます。

だからといって、肉眼として「見える」訳ではなく、ニュアンスとして見えている気がするものですし、全く霊視的に見えている訳ではないものの、そうわかるというものです。

 

これが眼識を文字情報としてお届けしたものです。

 

感覚を言葉に変換して届ける場合、相手がキャッチ出来るように放たなければならないものの、これがもの凄く困難な事なのです。

 

それこそ、「眼識」で表現した情報に触れられるなら、その「眼識」を真似て同じことが出来る視座を得られるというものなのですが、この文章を読んで、霊視的な「眼識」を使いこなすことが出来たら、その方は本質を捉える感性を持っていることとなるのです。

 

 

表裏構造では、こうした「眼識」を使うワークも実施しております。
参加者全員の方が、この意識を使うにいたり、会話するか、感じ入るものを得ていました。

 

 

あなたもやってみてください。

 

 

 


SNSでもご購読できます。

コメントを残す

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。