何が起きているかわからない 識に触れる その6

言霊ブログへようこそ。

相も変わらず厳しい内容に突っ走ってしまう。

まぁいいや。

芸能者
1.眼識は「嫌なこと」しか言ってこない。

2.耳識は「当たり前のこと」しか言わない。
3.鼻識は「バレバレのこと」を教えてくる。
4.舌識は「鳥肌」が立つ。
5.身識は「心がどこか」に行く。
6.意識は「格好良いこと」言う。
7.末那識は「当たり前」の反応。
8.阿頼耶識は「これ」のこと。
9.阿摩羅識は「ええこと」。
10.乾栗陀耶識は「わかっとること」。

こんな感じになるが、役に立つ?

知識というのは精鋭者側からでないと届かぬもの。
かといって、知識は体験が先にあって、その後に知識として言語化していくもの。

だから、感覚派人間ならこのニュアンスでなければ届かぬものなんだけど、感覚派同士の会話って端からだと何しゃべっているのかわからんのよね。この解説で本当に乾栗陀耶識に繋がったら凄い才能だと思うけどね。

 

芸能者は、アーティスティックなクリエイター系に多く見られるから、むしろ霊性には近い存在だったりするのね。この感性が高くないと、結局「見た目」や「技術」が先行して、魂がなかったりするの。「気持ち込めて」と精鋭者が言うそれと、芸能者が言うそれとは、まぁ違う訳です。とはいえ、相手が受け取れる領域から放つ必要があるってこと。

 

鳥肌を立たせたい(素晴らしい音楽を聴かせたい)から、「気持ち込めて」なんて言葉を使うとするでしょ?

この「気持ち込めて」を基準にすると、精鋭者→精鋭者だと、意味は伝わるけど、出来ている人なら、100%、精鋭者モードでなく芸能者モードに切り換えて言葉を使うことになるのね。

 

そう、体感として出来ている人、魂込めて音楽に関われる人が使う言葉は、同じ言葉でも姿勢が変わるのね。モードチェンジするの。どんな時、どんな言葉や姿勢でいるかは、そんなものは体感で会得していくものだから、ハッキリいってここであれこれ書いていても届かないの。

 

精鋭者には、十識十方の、十の方角について知っておく方がまだ役に立つかもね。
使いこなせるかは別だけど。

 

東、西、南、北、東南、東北、西南、西北、上、下、にて十方ね。

 

北東「気持ちを込めて」なので、
東 「やることやれ」になるし、
南東「帰れ」だし、
南 「何しに来たの」
南西「嘘だよね」
西 「私が帰るわ」
北西「話ししようか」
北 「馬鹿にしているの?」
上 「お粗末ね」
下 「調子悪いの?」

 

という具合に展開できるの。これが十方。

これは舌識に意識合わせた状態で十方にしたから、こんな表現になるのね。
精鋭者精鋭者なら「気持ち込めて」で届くとしたら、
精鋭者生産者なら「馬鹿にしているの?」の方が効果的ってこと。
精鋭者芸能者なら「お粗末ね」の方が届いたりもするの。
これで少しは関心持てるかな?

 

これ眼識の領域で十方にしたらどうなるか、想像つく?
芸能者なら、この先を読まずに、自分でまずやるってことするんだよ。
そして上を目指すような志しを持っている奴もやる。
体感なく、身につけることなんて出来やしないから、掴み取る感性なんて、どれだけ努力したって、筋が違えば全く意味のない努力になることも承知しておく必要がある。

そして世の中はそんな無駄な努力を仕向けるようにやっちゃうし、感性ではなく知識でレパートリーを取り揃えて対応しようとしてしまう。

まぁ、そんな人ばかりだけどね。
芸能者だからといって、その中には生産者も精鋭者も同居しているから、つい知識に頼りたくなるってものも仕方のないこと。

スクロールしてした見てね。眼識バージョンだから。
自分で上の舌識から、転換して眼識に切り換えることが出来たら良いだけよ。
「気持ちを込めて」は変わらないからね。
シチュエーションが「モノ(物/者)を見えない目で見ている」とでも思ってね。
この言葉は全くのデタラメだけど、そんな感じなんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

上 「気持ちを込めて」
下 「優しく見て」
東 「何もしないで」
南東「引き出して」
南 「会話して」
南西「緩めて」
西 「そっとそのままにしておけばいいよ」
北西「自由にさせてあげて」
北 「嫌がっているよ」
北東「聞こえないの?」

 

という感じに変わるのね。
相対するものによって、表現は様変わりするから、この事例を持って掴み取ることが出来るかどうかは怪しいものだけどね。

芸能者芸能者なら「気持ちを込めて」で、「わかった」で返事が来るのね。
芸能者生産者なら「緩めて」の方が伝わるの。
芸能者精鋭者なら「何もしないで」が一番いいの。
精鋭者はとかく何かしようとするから出来なくなるのね。
だから何もしない方がうまく出来たりする。
こういう識の領域によって、言葉のニュアンスは様変わりするし、誰が誰に向けて言うかでも全然違う。

これを見ると、三千世界とか少しは雰囲気摑めるかな?
ってなものです。

 

芸能者の感覚的な人なら、この先の先の展開とかが気になる筈なんだよ。

「うん、そうなんだ。すげー! で、次は?」

みたいなね、先を先を望むの。
その道に邁進している奴の姿勢って違うでしょ?

精鋭者でも、桁違いに凄い奴って根柢に芸能者がいて、体感で実践していたりするから。

だから、上行く人はどのジャンルでも似たようなことを言うようになるの。

 

 

こういう「精霊の守り人」っていうHNKで今やってる番組だけどね。
こういう見えないモノを扱う作品って奥深くていいんだよ。
ただ、どんな作品も、あなたの目の前にある日常も、ほとんどが誤解やすれ違いのやりとりばっかりだ。

相対的に様変わりする現実を前に、「この言葉」「あの言葉」では伝わらず、「その言葉」でしか届かない思いがあったりする。

 

いくら「気持ちを込めな」って指導しても、全く届かず、「話ししようか」とお子様扱いするなら、届くなんてことがあるってこと。小馬鹿にすることが、相手の気持ちを引き出し、込めさせることだってあるんだ。

 

だからさ、芸能者の悪いところは、精鋭者や生産者の言葉の本質を捉えないところにある。あなたを本気でバカにして、けなして、虐げるなら、もっと残酷なやり方がいくらでもあるってこと。ちったぁ、頭使え。感覚感覚って重視している割にものの本質という流れを無視している。お粗末といったらありゃしないね。

人の心の根のまたその裏側を見ようともせずに、何が「間違いない」だよ。それが思い上がりも甚だしいってもの。実力もないくせに、権利だとか、尊厳とか主張する。
この世にルールなんてないこと、いつ気づくのかね?

全くもっていい歳こいて、法律が道徳が心を守ってくれるとでも?
ちゃんちゃらおかしいわ。
自分がもっとも忌み嫌うものにすがって自己弁護を繰り返すなんて醜態をよくさらしたものだわ。

責められると、自己卑下に逃げ込むのもお決まりのパターンだよね。

 

だから、本質的な実力を身につける前に逃げ出すんだよ。
また今回も尻尾巻いて背を向けるってもんだ。

困難が立ちはだかると、越えることよりも、それが何でそうなのか? と疑問に思う。

バカか。やれよ。動けよ。乗り越えてみせるしかないだろう。

疑問が逃避だと気づけ!

答えだそうとする問いなら、答えを掴んでいるよ!

摑めない問いなら、捨ててしまえ。

 

体感派が聴いて呆れるわ!

 

 

とまぁ、芸能者はのらりくらりと自己正当化の達人でいますから、叱りつける言葉など役に立ちません。めいっぱい小馬鹿にしてやるのが効果的です。精鋭者にこれしたら、憤慨してそれどころじゃなくなりますからね。常識に縛られているほど、芸能者に対抗する術を失うのです。だからどこも持てあますのね。

 

 

捻くれるのも、拗ねるのも、駄々をこねてみせるのも良いけどさ、楽しい?

 

 

 

 


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