う〜ん、わかんない -感覚- その1

すっかりご無沙汰となって参ったわ。
知覚について、教えについて、書きたいと思ってたんだけど、感覚についても書かんといけんなと思って書き始めたら止ってしまったのね。

 

感覚に滅多クソにブロックがあった_| ̄|○
わかるな〜? 言葉ってのは、深い部分まで承知して使うのと、浅くサラッとなんとなくで使えているものとの違いがね。

感覚

  1. 差でわかるもの。
  2. 心を動かした先の違いを「見る」「聴く」「嗅ぐ」「わかる」「触れる」「知る」「やる」「正す」「とめる」「動かす」「変える」もの。
  3. 一つの物事を様々な表現によって映し変え、相手にわかるように届けるもの。
  4. 何でもないものから、何かを見出すもの。
  5. わからないものに名称を与え形にし、わかることで形を無くし、名だけが残るもの。

といったものが引っ張り出せたよ。

ふぅ。一体何日費やしたか。┐(´∀`)┌ヤレヤレ

これ、かなり重要な部分だね。

 

 

ネット辞書と比較してみよう。

 

ブリタニカ辞書
一般的には,刺激受容器の活動とそれに続く皮質感覚領までの神経活動に密接に依存していると想定される意識経験。個々の感覚領域としては,受容器の相違に応じて,視覚,聴覚,触覚,味覚,嗅覚,圧覚,痛覚,冷覚,温覚,運動感覚平衡感覚,内部感覚などが区別される。

デジタル大辞泉
 外界からの光・音・におい・味・寒温・触などの刺激を感じる働きと、それによって起こる意識。視覚・聴覚・嗅覚(きゅうかく)・味覚・触覚や、温覚・冷覚・痛覚など。

 美醜やよしあし、相違などを感じとる心の働き。センス。感受性。

百科事典マイペディア
生体内外のさまざまな刺激が感覚器官を介して中枢に伝えられたとき直接に生じる意識現象。リンゴに対して,赤い,冷たい,なめらかといったさまざまな性質が感じられるが,これが感覚であり,それに対して,赤いリンゴというように対象を統一的・全体的にとらえることは知覚作用だとされる。

栄養・生化学辞典
刺激を受容し,伝達し,脳が信号として認識する生理的過程.

世界大百科事典
感覚器官に加えられる外的および内的刺激によって引き起こされる意識現象のこと。

【哲学における感覚】
仏教用語としては古くから眼識,耳識,鼻識,舌識,身識(これらを生じさせる五つの器官を五根と称する)などの語が用いられたが,それらを総称する感覚という言葉はsensationの訳語として《慶応再版英和対訳辞書》に初めて見える。日常語としては坪内逍遥当世書生気質》などに定着した用法が見られ,また西田幾多郎《善の研究》では知覚と並んで哲学用語としての位置を与えられている。
大辞林
( 名 )  スル
① 目・耳・鼻・皮膚・舌などが身体の内外から受けた刺激を感じ取る働き。また、感じ取った色・音・におい・温度など。哲学的には、感覚は知覚の構成分であり、まだ意味づけられていないものとして知覚とは区別される。
② (美醜・善悪など物事について)感じとること。また、感じとる心の働き。感受性。感じ方。
以上のように従来の辞書が伝える意味合いと、わたしが降ろして創り出した意味合いとは随分と違うことがわかるよね。
もう少し、意味合いが伝わるように解説をつけてみるよ。

 

何たって、霊性とか、本当のところどうなの? って未知な部分に踏み出そうよってやっているブログでね。自分の知らないことを知ろうとしているのにさ。言葉の意味を端っから捉え違いしていたら、バカじゃね? ってなものなのよ。

 

揃いも揃って、辞書が間違ったことというか、正しいことを伝えられないのよ。

どんな世界よ。この世界は?

そう思わんかね?

だから、わたしが読み解いた感覚って意味合いについて解説をつけてみるよ。

感覚

1.差でわかるもの
感覚というものは、何かと何かの「差」がなければ違いとして認識することができないものである。よって、「感じる」という時は何かしらの違いがあることが前提として必要とされるため、「感じないよ」という状態が一番心地よいものであることを知っておく必要がある。その「何も感じない」もしくは、「なにもない」といった状態が最高位であり、それを基準にすることで全てのことが感じられ、それを覚えていく力のことを「感覚」という。差がないことで感じないようにすることを「悟った」という言葉を当てる。「差」を取り除くことが出来る力の総称であり、意味として得るものではない。教えや知識として認識出来るものではないため、「悟る」とは、人に問題としている差を取り除く力を与えられるものである。「悟り」は自身に対して使われ、「悟る」とは他者に対して使われる。感覚を頼れば誰でも「悟りを開く」ことが出来ることから、感覚を大切にしなさい。という教えが生まれ、感覚を軽視することで、感覚の大切さを学んでいるものである。「差」を生み出すために、必要なものを不要とし、不要なものを必要とすることもある。差をなくすことで、新たな差を生み出すことが出来、その差によって「違い」を認識し合うことが出来、「距離」が生まれた。離れていくこととしかなく、還り着くことはない。戻っているように見えてまた違いが生み出されている為、同じにはならない。同じに戻そうとする心の働きを「苦しみ」という。「差」を取り除きつつ、取り除けないと気づくことで「楽しみ」となり、「差」があっても、ないように変えていくことが出来る。「感覚」とは「差」をなくしつつ、なくせないものと知り、苦しさから楽しさに変えていくために用いられる心の形そのもののことをいう。

 

長くなった。

つーか、一つの意味に解説をつけたら、こんなになるんだよ。
そうなると「悟り」「悟る」「悟った」とはなんぞや? となるでしょ?
んで、そもそも「差」って何よ? とかならない?
「苦しみ」とか「楽しみ」とかもね。
明確な言葉の意味とか解釈とか執着せずに持ち合わせている? ってなもの。

執着せずにだよ。

つまりは記憶に頼らないってこと。

記憶に頼っていても、頼っていないって言う方が中庸的でいいかしら?

 

この続きはまた明日書くよ。

だから、一緒に勉強していこう。

書いているわたしが「ほー、へー、はぁ〜」だから。

 

 

まさみちに会ったことある人はわかるけど、会ったことのない人は、こうした意味合いなどの解釈や説明の文面を、今、降ろして自動書記的に書いているなんて思いもしないだろうからね。全部ライブよ。生中継ね。

 

世の中の人たちは、気づいたことを書いているけど、わたしは気づいていないことを今書いて、今気づくってことしてんのね。そこんところが違うんだよね〜。

 

まぁ、今回の解説で、宝物的な知識、「何も感じない」ことが土台だよってこと。
この境地に立たないと、何かを感じるなんて出来ないから。感じた部分から差を感じちゃダメだからね。何も感じない部分から感じてみないと。

 

やってごらん。

 

神奈川の藤沢にて

3月31日(金)

そこ ここにある “ことばのちから”1限目 10:00〜17:00
霊性練習会(グループセッション)     17:30〜18:20
霊性練習会(グループセッション)     18:30〜19:20

4月1日(土)〜4月2日(日)

誰にでも使えるタロット講座(初中級 前編) 10:00〜18:00

4月3日(月)

誰にでも使えるタロット講座(上級編)   10:00〜18:00

4月4日(火)

親子講座  10:00〜13:00
瞑想会   14:00〜17:00
霊性練習会(グループセッション)  17:30〜18:20
霊性練習会(グループセッション)  18:30〜19:20

 

とまぁ、こんな具合が次回用意されているので、知覚、感覚フル動員して、霊性のなんたるかを掴み取りにおいでませ。あのさ、絶対理論や理屈や解釈から入っちゃダメだからね。答え言うけど、ホント体感が先だから。

自分が知っているなんて思ったら大間違いもいいところだからね。

色んな理論や解釈を事細かにわかるように説明してくれている人いるし、わたしもそのように思われるだろうけど、体感は知識で教えられないからさ。

まぁ、また、内容など解説するよ。
それで来られるようになるなら来たらいいし、一回覗いて「違うな」と否定出来るならしたらいい。

 

 

「感じません」って感じられたら素敵だね。

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