う〜ん、わかんない -感覚- その5

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感覚

1.差でわかるもの。
2.心を動かした先の違いを「見る」「聴く」「嗅ぐ」「わかる」「触れる」「知る」「やる」「正す」「とめる」「動かす」「変える」もの。

「見る」には、1.止る、2.智る、3.現る、4.二る、5.口る、6.知る、7.見る、8.視る、9.観る、10.看る、11.相る、12.艮るという字があてがわれ、それぞれ見るものが違うことを示す。どの字も「みる」と読む。

4.二るとは、必要なものと不要なものを同時に捉えることで、差によって生まれた違いを取り出すことで、必要なものを得るものである。

ここでいう不要のものとは、見本となるもので、必要となるものは使用するものとなる。見本を使う必要はないが、必要となるものは問題を抱えているが、一見してどこも問題がないように見えてしまう。その為、二つを同時に見比べることで見落としていたものを二(み)ることで、見つけ出すものの見え方を指す。

知識もこれにより、持ち合わせている知識と、新たにもたらされた知識を二(み)ることにより、その間に生まれる差によって必要な知識を生み出すことが出来る。二つを同時に捉えることで、その間に生じるものを二(み)ることで、見えてくるものがあることをいう。

見比べると、二(み)比べるとは違い、対象を特定せずに見ているものと、対象を特定して二(み)ているものとの差は、掴み取れたものがあるか、ないかによって自発的に考える力が養われるのか、漠然とした対象を捉えようもないフワフワしたものの中で考えさせられている差が生まれる。自発性の思考が養われると、人との価値感の違い、表現の違いを「面白い」ものとして受け入れ、その差を自身の中に取り込もうとする働きを二(み)る力という。漠然とした人の教えや、受け継がれた儀式や形なども、中身がないものでも、「大事な何か」は伝え残すことは出来ても、「大事なもの」はわからずに継承される。その「大事な何か」と、「大事なもの」を二(み)ることで、失われた中身を取り出す事が出来る。わからない「大事なもの」を視(み)ることが出来ないと、「大事な何か」との差に生まれるものは二(み)ることが出来ない為、二(み)る力は、他の視(み)る力と共に使うものでもある。

二(み)ることによって、様々な気づきをもたらしてくれるもので、これをヨーガ(繋ぐ)という言葉で表している哲学もある。この二(み)る力が自在に扱えなければ、そこにある事実さえ、見ることが出来ず、歪んだ幻想を見てしまい、自身の感じ方、捉え方、ものの見え方に固執してしまい、違いを受け入れずに拒絶し、反発し、対立し、敵対行為に及ぶものである。自身の反射的反発心が相手によってもたらされているものとする限り、この二(み)る力は機能を停止させ活用出来なくなる。相手によってもたらされる問題や、困難は、自身の中に常にあり、相手と引き合うから生じるものとは違う。引き合うという表現を使う限り、自身の中に二つの思いを生じさせずに済ませられ、二(み)ずに済ませられることで、本来ある生体機能を麻痺させたままでいられる。二(み)る力を停止、麻痺させるメリットは「感じないから」という理由である。自身の中に「感じないものは、自身の問題として扱わなくていい」という解釈がある限り、それに取り組む必要がないと結論づけているからである。「感じない感覚がある」という知識と結びついても、問題を問題として認識しないでいることが出来、人のせいにすることで自身の心の働きを正当化する知識で理論武装することが出来るからである。万が一自身の問題として取り扱うと、この二(み)る力が全く機能しない醜態をさらさなければならない屈辱に転落してしまうため、その恥を隠す心が、より悪化する状態を招いていることとなる。

生体機能を正常に戻すには、繋ぐ力がある人に胸の内を打ち明けて、その人に二(み)てもらうことで、正常化に戻す切っ掛けを身につけていく必要がある。一般には、禅などの瞑想が有力とされているが、繋ぐ力のある人の元でなければ効果はない。その場合は自身の独学で二(み)ていく必要がある。人の手を全く借りずに失った機能を取り戻す事は不可能であるため、人との関係を断つのは誤りである。

心の働きを二(み)ていくのも、この力であるため、人と言葉を交わし、お話しをするのも二(み)る力を使うものである。相手を二(み)ていれば、相手のそのままを話すことが出来、よりよい相手の姿も視(み)ることで、より良く促す言葉が紡ぎ出されていくものである。

人と人とがコミュニケーションを図る上で、最低限持ち合わせておく必要のある生体機能である。二(み)るとは、心を通い合わせるための感覚である。

 

 

うん、なるほどね。
これを二(み)るって言うんだ。ヨーガの言葉の語源もここからなんだね。

うちもよく「繋がないと」って言うけど、ここんところ言っていたんだね。

なかなか見る機能って複雑怪奇だから、みんなついてきてね。

 

 

わかる人にはわかるんですよ。

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