いい天気 〜何でもないことを確かめたいんだね〜

ちと休憩。

感覚のブログを続けて書こうとすると、結構な時間と集中力が必要でね。
書こうとすると、書ける間がなくなる。ww

人様のブログもたまーに読んだりするけど、お陰でその人が夢に出てきてさ、知らん人に囲まれて応援してますって感じになって、向こうはよくこちらを知っている感じだけど、こっちはどうにも思い出せなくてさ。良くしてくれるの。

んで、私ってば気遣いとか心配りすることが度下手でね。

「普通そうするでしょう〜」ってものが、えっ(;゚Д゚) 最初からそう言ってくれればいいのに!

って思うし、最初からそう言われると、「じゃぁ、いい」ってバシッと断ってしまうところがあってまぁ、孤立するのね。

夢でもそんな感じになってて、ありゃ〜、悪いことしたなぁ。って。

しかも、夢の中で「これ、夢じゃないよね?」みたいな確認している自分がいて、目が覚めて「あ、夢だった。良かった」とか安堵している自分がいたりして、面白かったわ。

 

 

「言ってくれないと分からない」なーんてキーワードのブロックが夢を見させたようでね。

「夢ってどんな意味ですか?」とか聴かれることもまぁ、あったりするけど、内容とか興味ないのね。その根っこの部分。世の中に出回る夢分析とかと全く違うから、聴かないでくれって感じだったりして。

うちの夢は、まんまだったわ。

「一人が平気だとわかってもらえない」って苦しさが隠れていたようでね。どうにも、孤立させたら言うこと聴かせられるって解釈している人たちがいるようで、う〜ん、困んないけど。って困るのね。相手は、自分の存在が絶対不可欠という前提で関わってくるけど、「いらない」というと、そのバランスは容易く崩れるしね。まぁ、そのバランスを崩してはいけないって前提でこっちも考えないといけないんだろうけどさ。言うこと聴くにも、「どうして?」「なんで?」って疑問は、大体紐解いてくれないわけ。

「いいから、言うこと聴け」

ってさ。これまで聴いてきたけど、もう聴けないから、そうしているのにね。
まだ聴けって言うから、そっちに寄り添ってもダメだったって解があるのにどないせいっちゅーの。

「重要でないことを守らせられることの意味が理解出来ない」ってのが続いて出て来るの。
ありゃーって。それって必須? そんなに不可欠。それ、相手を追い詰めて自殺することになっても、それ要求するようなもの? まぁ、自殺に逃げ込むのはもちろんちゃうけどね。魅力溢れる相手でなければ、人って言うこと聴かないしね。もしくは逃げ出せないように閉じ込められてしまうとか。まぁ、そのどちらも改心に至らないってものだけど。やっぱり、自分から疑問持って、自分が悪うございました。って謝れる心境に至らないとね。だから、重要じゃないことでも、重要だと扱う余裕が必要なの。社会がどうとか、周りがどうというものではなく、この人はこうなんだ。わたしは、そう思っているのを改めてこう解釈したらいいんだってすればいい。相手にとってはそれはとてつもなく重要な意味を持ち合わせているのだから。例えば「心」なんてものは、多くの人が重要と捉えるが、私は重要でないと捉えるので、心(我)に従わずにいられて、改めることが出来る。しかし、相手の中に現れる私の心(我)は、私でも識別しづらい時が間々ある。その場合、重要にしないではいけなくて、重要だとして聞き入れていく方に切り換えないと、私の心(我)の暴走は止らないってものだ。よくよく、聞き入れていけば、「言うこと聴いて」って切実な願いを自身の我が訴えていたってなる。こりゃ、聴いてあげないとね。出所が自分の心だとわかれば、聞こえ方も変わる。「うん、いいよ。言うこと聴く」って言ってあげられるわ。

「理由なく一緒に居たかった」って思いに触れてみると、「ああ、理由なくね」って思えて、少し笑えた。そっか。理由なく私の我も一緒に居たいのか。我と聴くと、理由がないと一緒に居たくないって捉えている自身がいたわ。そうじゃないね。我であったとしても理由なく居てもいい。こりゃ、盲点だった。うんうん、一緒に居よう。一緒に居ることに意味などないし。居たいから居ればいい。理由も意味も目的もなく、連絡とか、声かけに来るだけとかって自分の中には湧き上がるものがないから、やりたくても出来ない理由はそういうものだったのか? って少し納得したわ。

 

「何でもないことを確かめたい」ってのも出てきたりして。へぇ〜って自分の心の奥底に眠っている思いにやっとのことで触れると、感心してしまったよ。こういう思いが欠落して、どこかに行っているから、他者との関わりでトラブルんだよね。取り戻せたからといって、問題がなくなるかは見てみないとわかんないけどね。ブロックなど心の傷の錯覚から目が覚めると、本当に不愉快に陥るようなやりとりが激減していくわけですよ。だから、カウンセリングなんて仕事してんだけどね。絶対錯覚だから目覚めた方がいいって!! って。
確かめてあげることで、確かめずにいることで不安に陥る相手の心を支えることも出来るってわかったのね。ああ、意味ないようで、意味あるのか。ってさ。必要なら、「必要」って言えばいいって……あ、言ってるのか! それが「言うことを聴け」ってもんなのね。わかんないわぁ。って「わかってやれ」ってね。

 

「嫌いって言わないで」とかも出てきたりして、言うわけないのに、そんなこと思われるから、安心を与える為に、何でもないことを確かめないといけないんだ。「好きだよ」とか「愛しているよ」とか「大丈夫?」とか「何かない?」とか言わないとダメなんだね。うん、やはり人からいくら言われても、私の中の分離感が統合されない限り、言うこと聴けんわ。こりゃ、大問題だよ。「わかるように言って」もあるな。うんうん、思う思う。でも、自分がこの心否定していたら、話にならんな。

 

「わかりません」って、伝えていないのは私の方だったのか。って気づいたよ。そうか、考えてみたら、明確な意思表示をし尽くすことはしていなかったか? まぁ、確かに。誤解合戦をやっていたような気がするというか、していたわ。大切な人ほど、やれていない。あはは。なんともはや。これだから、心ってのは自分から紐解こうとしない限り、紐解けないものなんだよね。うんうん。良かったわ。夢で諭されたよ。

 

独白で、ブログ書いたけど、役に立つかもね。
結構多いと思う。類友だからね〜。傷ついた者同士で集まるってものでもあるから。

 

ささ、今日は「親近者講座」やってくるよ。明日は「善悪者講座」ってのをやるよ。
個性別手ほどき講座だったりするわけですが、この講座名(〜〜者)に何かしら引っかかりがあるような心の問題を構造的に紐解くもの。

親近者なんてのは、「きれい事で身を包み、自身の正体はバレないように隠し続け、その隠しまくる姿によって、自分を見失い、何が本当にやりたかったのか、わからなくなっている人たちの総称」とでも言うと、わかりやすいかな?

善悪者なんてのは、「世の中に合わせて過ぎて、自分を見失い、物事の価値感を社会に依存した結果、その枠組みの歯車化してしまい、自分では何も舵取りが出来なくて、同じことを繰り返し続けている優秀な人の総称」とでも言えば、気になるかい?
明日だから、飛び込みOKだよ。>眞壁麻純まで

 

個性別手ほどき講座は、とにかく参加しておくといい。
同じ話などまずしないし、来た人の心と繋いで話をするから、「どっかで聴いたな」じゃなく、「それ、そんな風に解釈するのかぁ! 知らんかった!」という事ばかりだから。

 

 

何でもないことを確かめにおいでませ。何でもなかったよ。って気づけるから。

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