う〜ん、わかんない -感覚- その6

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感覚

1.差でわかるもの。
2.心を動かした先の違いを「見る」「聴く」「嗅ぐ」「わかる」「触れる」「知る」「やる」「正す」「とめる」「動かす」「変える」もの。

「見る」には、1.止る、2.智る、3.現る、4.二る、5.口る、6.知る、7.見る、8.視る、9.観る、10.看る、11.相る、12.艮るという字があてがわれ、それぞれ見るものが違うことを示す。どの字も「みる」と読む。

5.口(み)るは、1.回る、2.日る、3.目る、4.田る、5.口るとあり、どれも「みる」と読むものである。

人の目には、1.回(み)える、外側のもの(口)と、見えない内側のもの(口)があるため、覆われている外側しか見えないものであることを指して回(み)ると書き、見られた側さえ、内側の口である、中身がわからないものである。

口は、1.中身、2.内容、3.必要、4.全部、5.不要が込められており、ものを食べる口の中身や、内容や、必要とされるものや、様々なものを取り込むといった全部や、生きていく上で不要なものも食べたり飲んだりすることが出来るという意味合いで、口という字が宛がわれて「見る」に位置づけられている。識別上、別の字をそれぞれ当てていなければ区別出来ない為にこのようにしている。

1.回(み)るは、内側の口である、自身の中身と、関わる人からの扱われ方と一致せず困惑する状態を捉える段階を言う。「あなた素敵だね」と心から褒められた場合、「全然そんなことないです」と否定で返す場合、自身の姿が回(み)えていないと表現し、自分の思いと他人の思いが食い違うことを捉える力がないことを示す。外側の口、内側の口と、他人から見られている姿、自身が自分を捉えている姿の違いを受け入れていない時に使われ、外側だけを整え、内側までは改めないでいる時に「回(み)たからね」と使うことが出来る。「回(み)られた」とも使い、自分と他人の価値感の相違を受け入れた振りをしていたことが露呈する時に用いられ、違いがわからない場合、わかっていて変えた振りで変えない場合、変える気がない場合など、「回(み)てるからね」と念を押すことで、隠すことなど出来ないことを表す時に使われるものである。

回(み)ても外側の口と内側の口の違いが分からない場合があり、「回(み)てもわからない場合、聴いてもわからない」という表現となり、「1.中身、2.内容、3.必要、4.全部、5.不要」が備わり、その違いの差によって感じるものがあるにも関わらず、その差となる前提が備わっていなければ、違いを聴いてもわからないことを示す。

回(み)続けても、何をしても、直接「1.中身、2.内容、3.必要、4.全部、5.不要」といったものにまみれ、染まり上がり、使いこなせるように至らなければ回(み)えたことにならず、それらを知っている者と、知らぬ者とは相容れぬことが出来ないことが知らぬ者には伝わらないことがある。その為、いくら実践して、試して、まみれて、染まったつもりで、使えるようになった気でいても、外側の口と内側の口の区別が出来ない限りは回(み)えたことにならず、自身の思いにより、「1.中身、2.内容、3.必要、4.全部、5.不要」を外側に見せていくことをしなければ会得できないものがあることを伝える時に使う「回(み)せなさい」と「回(み)てください」がある。回(み)せ切った者は、今まで回(み)せずにいた場合との違いがわかる為、この時「回(み)てもわからない筈だ」と自覚するに至る。

回(み)ている者は、同時に回(み)られている者であり、相対する者は、外側の口と内側の口が互い違いに入れ替わっていることがあり、互いの内側の口の姿を相手の外側の口に見ることとなり、「人をよく回(み)ることで、自分の姿が回(み)えてくる」と使うことが出来る。相手の外側の口が自身の内側の口を示している。自身の心が相手に映し出されており、その姿を変えようとする関わりをする限り、同じことを繰り返すこととなり、「ぐるぐると回(まわ)ることになる」といった「まわる」という表現を宛がう。「回(み)ていても、回(み)えていなくても、同じことであり、回(まわ)っていればいい」と、回(み)てばかりいて、口(み)ようとしない人に言うときに使う見方の一つを表わすものである。

 

ぐはぁっ、口(み)るを紐解こうとしたら5つに別れた!
言葉は言葉によって支えられている! から、こうなる展開は予測出来るが、この感覚の解説は、終わる日が来るのか皆目見当がつかないよ。

ひとまず、「1.回る」だけで一区切り。また2.日る以降は、次回にしよう。

 

まぁさ、口は、日と目と田があることは知っていたけど、回も口の一つに分類されるとは知らんかったわ。解説してみるとなるほど納得って感じだよ。回るとはよく書いたものだなって感心してしまうよ。

だからさぁ、文字って象形文字じゃないんだよ。
眼って字も、目と艮と書いて、どちらも「見る」文字だものね。
小学校で目は見たままの目の形から目に至ったなんて教わったものだけど、どうして縦に起す必要があったかの解説がないのね。皿みたいに横のままでええやん。って思うけど、そのカラクリは教わらない辺りが謎。まぁ、中国から取り入れた文字文化ってことになっているからね。

これまでの解釈だと、無理くり日本語と漢字を合わせたってことになるからね。

漢字とは、
1.人の思いを形にしたものである。
2.感じているものを形にしたものである。
3.思いの違いを、形を変えて示しつつ、同じ形でありながら様々な思いを含めたものであり、組み合わせによって意味を減らしていき、簡略化するほど複雑な意味を含ませられるものである。
4.形にすることで、共通の認識の土台とすることが出来、捉え違い、解釈の間違いを改めさせ、共通の価値を持たせ、無意味な争いや、対立や、不要な戒律を無くさせる為にあるものである。
5.形から気持ちや意味を取り出すことが出来、解釈の助けにすることが出来るものである。

 

 

とまぁ、こんな漢字の意味合いを解説し出すと、ここからまた詳細な解説文がずらーっと引き出されていくことになりそうだから、やめておく。

漢字は、単字として「漢」と「字」に分割でき、それぞれに持ち合わせられる意味がある。ってこと、それを踏まえて、「漢字」を解説すると、また奥深く、意味を知ることが出来る。

意味を多く含んだ漢字は「一」となり、これで「はじめ」とも「いち」とも「すべて」とも「いま」とも「おわり」とも「たかまる」とも「とどまる」とも「かわる」とも「あらたまる」とも「なくなる」とも「わかる」とも「なにもなくなる」とも「ある」とも「ない」とも「みえなくなる」とも「みえる」とも「それ」とも「これ」とも「ここ」とも「はい」とも「いいえ」とも「うん」とも「ううん」とも「あうん」とも「ああ」とも「あい」とも「いい」とも「あ」とも読むことが出来る字である。

この一をわたしは、まだ98%ほどしか解説することは出来ないから、これを100%解説出来るようになるために、色々やっているってところ。
もっとも、一二三四五六七八九十丸土山中甲由平米力水子というのが1〜21までの漢数字となるので、これら全てを解説出来たら、いいんだけどね。

タロットやっている人なら、大アルカナの1〜21と愚者の数字のないカードを漢字では木として表わすのね。だから五行でいうと木火土金水とあるでしょ? あれも私が過去世で産みだしたものだけど、本来は木人土今水と書くのが正しい漢字の使い方になるのね。人が私を見失い自分と言い出すことで「火」を当てる方が適当になっただけだし、今も、誰一人今に留まれるなくなったから「金」としたの。人それぞれが自由に解釈している我がもの顔で生きている様を「金」として表わしたのね。解釈をその時代に合わせて直したのも私だから、元に戻すのも私でないと出来ないのね。って、従ってくれるかは知らんけど。

まぁ、漢数字の土と五行の土とでは、解釈は全く別物になるんだけどね。漢数字を見て行く必要があるのは水の方ね。五行の水を知るとものの成り立ちがわかるってものね。木を知ると、全てに繋がりがあるってのが触れられるし、人(火)を知ると、相対的な関係性で成り立つものでしかないことがわかるしね、土を知ると、何もないことを見つけていくことが道だと正していくのが土ね。だから12の土とは解釈が全く別物ってこと。

 

まぁ、感覚から口の話しをしていたところから、漢字や漢字に含まれる意味合いを展開させていったら、五行の本質に触れていくものになっちゃったんだけど、霊性ってのはこうして「知らない」ところから、全部創り出して引っ張り出せるってものなの。

まぁ、「それ、あなたの主観的な決めつけでしょ」って言われるのがオチだけど、元を正せば「誰かが決めつけで創った意味」でしかないから、どんな教えも主観的なものでしかないのね。歴代の教えだから正しいってこともないからさ、五行の火さえ、人って字が適当だなんて聴かされても受け入れられないでしょ? わたしが過去世で開発者だと種明かししたところで、信じないでしょ? それだけ自分の持っている価値基準が洗脳されたままでいて、改められない訳ですよ。だから、歴史の教えだろうが、普遍的教えだろうが、聴いたものに偏るものだと知らないと、教えが教えとして伝わっているとは限らないって事ぐらい考えたら見えてくるってものなんだけどね。まぁ、その思考力も奪われているのが現代だったりするけどね。

と、あれこれ書き出すと際限がなくて、それこそ、続き書けってものですな!(;゚Д゚)

 

 

見落としていた世界を見つけると、途方もない分量が残っていることに気づいて、一から出直しますって心境だったりする。

 

 

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