あと出しじゃんけんでいこう!

コンシェルジュのミーです。

ふと、考えたのです。

あと出しじゃんけんで勝つのはどうか?
じゃんけんの現場ではNGだろう。
けれど、人生における”あと出しじゃんけん”はあってもいいのではないだろうか?

同窓会での出来事。
あの時、フラれて大変だったよね〜〜。
辛かったよね〜〜。って話が出てきた。
今では笑い話になっている。
けれど、例えばそれがトラウマになっているとしよう。
あの時、あの彼(彼女)にフラれたから、自分は自信を失った。
異性に対して、積極的になれなくなった、等々。

そんな場合に、ちょっと提案。
自分がフラれた、捨てられた、という記憶を持っているのを、ちょっと改ざんしてみよう。
例えば。
あの時は私はフラれた事になってたけど、実は私がフッたの。
確かに彼(彼女)はステキで、理想的だった。あのまま私は幸せにお付き合いを重ねていただろう。でも、あの人にも嫌な所はあったし、ちょっと、それはどうかな?という価値観の違いもあった。埋め合わせて付き合えれば良かったけど、私にはそんなヒマは無かったし、だいたい、相手に合わせて生きるのもどうよ?って実は思ってた。
だから。
私は新しい、おNEWな人との出会いに掛けたの。もっとステキな人がいるはず!と自分を信じたの。だから、私がフッたの。

心の中をこのように改ざんしてしまうというのはいかがでしょう?
改ざんしてみません?
誰も見てないからね。
見てるのは私(自分自身)だけ。知ってるのも私(自分自身)だけ。

そして、その現場を知っている、過去の現場、フラれてズタボロだった当時を知っている人には、こんな言い訳を用意してみてはいかがでしょう?
あの時、フラれた!って散々泣いたのは、未練タラタラだよ〜〜!って散々泣いたのは、失恋のセオリーだったから。そうやってる方が、普通だと思ったからなのよ。
みんなそうやってるし。
フラれてケロッとしてるのは、ちょっとねぇ、感じ悪いじゃない?
ひどい人っぽくないじゃない?
だから、しばらくの間、打ちのめされたフリをしてたのよ。
私、彼(彼女)を捨てるような人になりたくなかったから。
いい人でいたかったのよ〜〜。

お友達には、ひどい!騙したの?!とか、また、見栄をはっちゃって!とか言われるかもしれません。『ごめんね〜(てへぺろ)!』しとけばいいんです。
だって、お友達、もしくは、旧友でしょ?口ではなんだかんだ言っても、本当に気取るらずに付き合える仲であれば、あなたが元気である事が一番なんです。
だから、ひどい!とか、だましたのね!ってお怒りも、結局、戯れ言なんです。
(戯れ言で無ければ、その方とのお友達関係を見直しましょう)

一番大事なのは、あなたが、あなた自身が、いかような理由をつけてでも自分を尊重する事。
自分を大切にする事、卑下しない事、見下さない事。
フラれた私=ダメな人、にしない事。
少々時間はかかってもいいので、あれは私が次に進む為に、成長する為に『捨てたんだ!』と。
捨てた私、エラい!と褒めてやれる事。
誰に自慢する必要もないけど、自分にだけは自慢してね。

捨てられたと思い込んでいた事件を、後から、いや、あれは違った、私が捨てたんだ!と記憶を改ざんするのは、あと出しじゃんけんに似てるな、なんて思った。
状況を見て、グーをパーに変えたて勝ったら、ずるい!って言われそうだけど、そのまま勝ち逃げしちゃえばいいんです。
だって、じゃんけんの相手は他でもない自分、過去の自分なんですから。
あと出しじゃんけん。
言い方を変えれば、大局を見て、自分の人生に有利な方向を導き出しただけの事です。

有利な方向=自分を傷つけない方向

他人に敬意を払う前に、自分に敬意を払って下さい。
人は鏡ですから。

あと出しじゃんけんでも、どんな言い訳でも、自分を“ダメ人間”に決めつけない所へ運んでくれるなら、使ってOK!って思います。
そもそも、自分がダメな人、と思っている事自体が”ゆがみ”なのですから。

なんでもダメだと思っていませんか?

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