それもまた夢だと笑えばいい その10 最終回

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彼女の脳内会話を全部解説してもらって、笑うしかなかった。

全部見透かされていた。

そしてよく見てくれていた。

物語でも聞かされている感覚で、先ほどまでの出来事を彼女目線で伝えてくれた。

張り詰めていたものが無くなっていくのを感じる。

無理していたんだ。

やっと自覚した。

「怖かったんだね」という言葉は、オレには全て知っているよと聞こえたんだ。

泣きに泣いて、身にまとっていた鎧が削ぎ落とされた。

軽快にいつものトークの裏舞台を見せてもらいながら、笑える自分にも驚いている。

あいつの人を小馬鹿にする笑いが嫌でしかなかったが、今は素直に面白く感じられる。

それだけでも、無理していた、余裕がなかったことがわかる。

 

悪夢にうなされている自分の姿をずっと見られていて、わかったことがある。

「笑ってくれた」ってことは嫌われていないことだってこと。

ずっと、笑われることが大事な何かを見失っているんじゃないかと感じて、逃げ出したい衝動があったことがわかった。逃れたいものがないことから、逃れようとしていたんだ。笑いなんていつでもある。いつも誰か笑っている。その笑いが嫌じゃないのに、嫌だったんだ。ずっと「なんでここに居るの? クスクス」「偉いんだね、フフフフ」「ありがとうございます、ニコ」と笑みが浮かべられる度に、その裏にある思惑に怯えていた。笑われる度に、言い知れぬ恐怖があった。小さい頃からだ。

 

「ずっとさ、笑われることが怖かったんだよ」

彼女がケラケラと笑っている姿を前に、話し始めた。

「知ってる〜」

軽い。

そう、この軽さも嫌いだった。

今は、それが安心感として伝わってくるから不思議なものだと感じている。

重苦しさの中でもがいていたんだな。

明かりをつけたオレは、しんどさが少し残るものの、ベッドから起き上がりお気に入りの椅子に座った。機能性溢れる座り心地のいい椅子に腰掛けると、話し出した。言わなきゃって思ったからだ。

 

 

ずっと怖かったんだな。

笑われることがさ。

ほら、みんなよってたかって、何かあると笑うだろ?

あれが苦手でさ。

嫌われているとしか思えなくてね。

馬鹿にされているとしか感じないし、追い回されているようにしか見えなくてさ、人の前では何もしないようにしていたよ。

何もしなければ、何も笑われることはない。

それが一番いい方法だと信じていたわ。

笑われないよう、嫌われないよう、叩かれないよう、必要とされるよう、認められるよう、要らない人にならぬようにしていたよ。ほんと、つまんない奴になっていたね。

 

「そんなことないよ」

 

彼女の屈託のない笑みと共に、届けられたその言葉真意を掴み取れずにいた。

 

「気は細やかだし、人の事見ていてくれるし、何も言わずに手を貸してくれるし、優しさの塊みたいな人だなって思ってるよ」

 

また、泣きそうになった。

なんだコイツは。

堪える気持ちを越えて、涙がこぼれる。

なんつって言えば良いんだ?

 

「ありがとう、でいいでしょ」

 

その言葉でまた泣き始めた。

何だオレは、こんなに泣きたかったのか? 恥ずかしくて情けなくてでも嬉しくてたまらない。

格好悪いな。

 

「格好いいよ」

 

ことごとく、自分の言葉を覆されていく。

コイツから見えるオレはどんな風に映っているんだ?

自分では自己評価はあると見ていたし、自己肯定感も問題ないレベルで維持していると自覚していた。会社がやる心理アンケートも自己評価のそれと大差なく、「そうだろうな」という心理アドバイスにも好意的に受け止めて対応していた。

「格好いいことしかしなさすぎなんだよ」

その言葉に頭が真っ白になる。

しばらく何も考えられなくなった。

一体、今何を口にした?

「良いことしかしてないでしょ?」

お前は一体何を言っている?

「息詰まらない?」

その言葉で息が詰まるわ。

「そうやって、自分の気持ちを吐き出さないからだよ」

意味がわからない。

そういう人を馬鹿にするような言い方が気に入らなかったんだよ。

「そうそう、そうやって素直に言えば良いんだよ」

どういうことだ?

「いつも、言い淀むでしょ」

それが普通だろう?

悪く思われたくないもんだろう?

「何も思っていないよ? それに何を思っていても嫌わないし」

え?

やっぱり、意味がわからない。

「どんな思いがあろうとも、悪く思わないし、思いってのは浮かぶものだからさ、それを見せてくれたらむしろ安心するけどね。甘えてくれているんだって感じられて嬉しくなるよ」

言葉が出てこなくなった。

彼女の言葉で、嫌われることがないんだとどこかで安堵している自分を見つけた。

閉じこもっていた自分の殻が剥がれ墜ちて行くのがわかった。

嫌われないのか?

「嫌わないよ」

どうして?

「理由いるの?」

普通嫌うでしょ? 嫌なこと言われたりしたら。

「何で?」

こっちこそ、何で? だよ。

「そう考えている人なんだなぁ。で終わるよ。そこに嫌うまでくっつけたりしないよ」

いやいや、嫌こととか、悪く思っている事告げられたら、嫌うでしょ? 悪い人だと思わないの? 何オレ必死になってんの?

自分でも、何かが変だと感じている。

何なんだこれは。

「直せばいいでしょ。聞き流してもいいし、そういう風に思うんだなぁ。でいいでしょ」

何で、そんなにいい人なんだよ。

「どうしてそう、人を悪く見ようとするの?」

その問い返しに言葉が出てこなくなる。

考えたこともなかった。

悪く見ようとしているなんて発想がなかった。

自分が悪く見られる事を極力避けていた。だから人を見ても笑ったりはしない。笑顔の裏に何かを隠しているとは思われたくないからさ。

笑ってはいけないって。

だからさ、人から悪く見られたくない一心で、精一杯の敵意のない表情が、オレにとっては無表情なんだよ。だから、笑いっぱなしのお前がずっと怖かったんだ。

はは、笑っている方が余程敵意がないよな。

言っていて気づいた。

「はははは」

自然と笑い出した。

彼女も笑う。

 

笑い尽くしたあと、笑って欲しかったんだと気づいた。

 

シャワーを浴び直して、着替える。
深夜だというのに、さっきまでの気怠さのような何かがなくなっているのがわかる。
水をたらふく飲んで、彼女を見てまた笑う。

抱きしめてくれた。

全く違う感覚がそこにはあった。

温もりがある。

力が更に抜けていく。

まだ張り詰めていたのがあるったのかと自分の体の強情さに呆れつつも、その心も体も緩まっていく感じに身を任せた。

「行かないで」

と不意に出てきた言葉に、顔を彼女の胸の中にうずめて泣いた。

母の「行って来るからね」と笑顔で出かける光景が思い出された。

「うん」と困らせたくないオレは、ついて行きたい衝動を必死に抑え込んだ。ただの買い物だ。すぐに帰ってくる話しだった。その日の前、泣きじゃくるオレに、母が「困らせないで」と呟いたのを聞き逃さなかった。母を失うって思ってしまった。泣いてはいけないんだ。

強く、自分に言い聞かせた。困らせたら嫌われる。でも、嬉しそうに笑って出て行く母の姿は、オレには残酷な笑みにしか見えなくなっていた。それから母を必要としないように自分の世界に閉じ籠もった。

あれは、6歳の夏の日のこと。

 

それから、母は笑わなくなった。

気遣われるほど苦しくなった。何も答えられない自分も嫌だった。この人に甘えてはいけない。迷惑かけてはいけない。母の困惑する姿を見るほどに自分を責めた。もっと役に立つ人になって安心させないとって。

思い出しながら、ただ泣いた。

 

嫌ったのは自分だった。

嫌われるはずなどなかった。

ごめんなさい。

 

 

幼き頃の自分に向けて、頭を下げた。

一人遊びを続ける自分が笑った気がした。

 

 

彼女は全てを受け入れてくれていた。

何も言わずにいてくれた。

柔らかな笑みを浮かべて、キスしてくれた。

安堵するほどに、彼女を求めた。

彼女も求めてくれた。

それがたまらなく嬉しく感じられた。

何もしてなくても、愛してくれるんだ。

裸のオレを愛撫してくれた。

 

前は抱いたという感じじゃなかった。

元よりたんぱくだし、常に笑われている感じがまとわりついて用が済んだら寝てしまうなんてことをしていた。

包まれた感覚に委ね、気持ち良さに心が躍り出す。指使い、息づかい、触れ合う肌と肌の感触をこすり合わせて絡めていく。交じり合っていく。そして墜ちて行く。

 

何もわからなくなるような、不思議なものに包まれて、強く抱きしめた。

「お帰り」

満たされている中で、彼女の言葉で顔がほころぶ。

「ただいま」

つられて、返事をした。

 

遠くの記憶の幼き自分が、母に抱きついているのがわかった。

なんだ、マザコンかオレはと思いながらも、彼女の温もりに埋もれていく感じを楽しんだ。

好きだよ。

「知っている」

にっこり笑いながら、キスしてくれた。

 

 

 

朝早く、会社に休みの連絡を入れて、一日中彼女と共に過ごした。

話せば話すほど、自分の偏ったものの見方が馬鹿らしく見えて来た。

そしてよく寝た。

次の日も休んで、土日合わせて四連休してみた。

込み上げる笑いがあった。

会社に行くと、いつもと変わらぬ日常がそこに流れていた。

休まないオレが休んだことで、みんな声をかけてくれた。その関わり方の変化に笑いが込み上がるのを必死に抑えていた。みんな優しい。

オレ一人、意味もなく何かと戦っていたんだと思うと、口元が笑う。

「何か良いことがあったんですか?」

隣の席の同僚が声をかけ来た。

「あー」

言い淀んでから、意を決した。

「彼女が出来たんだ」

 

 

おわり

 

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