自分の正義のヒーローっぷりにワロウタ

噺家として、作家として、作詞家として虎視眈々と職業替えを目論んでいるまさみちです。

感覚ネタも頓挫中だけど書くからね。

自分の感覚に従って、作品を手がける訳ですけど、そのコツ勘がよく分かって来た訳ですよ。

前から言っていることの一つに、霊性ってものは想像性、創造性ってアイデアの方へ使うもので、心の傷を埋めるものに使うのは序の口だってこと。

まぁ、それを兼ね合わせて、楽しみながらホロリと何かしら気づきを起こせるといいねってもんで「それも夢だと笑えばいい」を書きましたけど。

霊視するとさ、悪夢とか、重圧とかって、そこにあるものを拒み続ける力が寝ていることによって負けてしまうって症状で見ているのね。私に言わせれば、8通りぐらいに悪夢は分類できるけど、その内の代表的な「笑われる恐れ」について表現してみました。

悪夢ネタはじめてだから、あんな風にしてみましたけど、長くしようとすれば多分幾らでも出来る。これは多分一番最短だと思うの。←こう書くのはいつ終わるか書いている自分もわかってないの。全体像が摑めてないのね。

うち、まどろっこしいこねくり回すの好きじゃないから、スピーディーさがあるのがいいよね。

 

ま、長いのも、それはそれで必要なんだろうけどね。

 

 

タイトルの正義感ってのは誰しもあると思うの。

それがさ、笑っちゃうくらいに地で行っている自分の心を見つけて爆笑したわ。

 

「あなたのようになりたいって、思われたい」とかさ。

「何とも思わず凄いことやってのけてしまう」とかさ。

 

厨二病全開ってなくらない心の数々を見つけてビックリしたよ。

やってる、やってる〜って!

 

「みんなには認められないけど、その人だけには絶大な感謝されたい」とかって。

もう、痛すぎ!

 

自分を知るって大切ですね〜。

新たな「心の傷は絶対に治らない」って世界を発見して、その中に隠し込んでいたものを見つけたよ。もう、ここはトップシークレットみたいなものでね。完全に心閉ざしたまま変えようとしない人が居るってことがわかって、なんとかしようと思っていたら自分にもあったってオチ!!

 

いやさ、ここまで自分の心のことかアプローチして全部錯覚でしたチャンチャンって出来るのだから、なんだってやれないことはないって思ってたのね。でも、欠点があって気づいていないものは外せないの。それを問題と認識出来ないと解決に導けない落とし穴があるのさ。

 

よく、人は問題としなければ問題にならないって言うじゃない。
だから、問題としないなら、悩みとはならないってなるのね。

うん、本当にそう。

でもさ、よく考えるとちゃんと困っているのね。

 

人を助ける気もないし、救う気もないよ。って、そんな使命感に燃えるようなことはないよってしていたの。一昔前(笑)、使命感バリバリなエゴをせせら笑うような空気があってね、うんうんって思って、助ける気持ちとか、役に立とうとする気持ちとか排除しまくったの。これが残っていると、「僕がいるから大丈夫だ」みたいな、お節介マンとして頼んでいないのに助けにかかる人とかね。

 

うちの場合、そのお節介マンが結構悪さしていたから、助けたい感とか、役に立ちたい感とかの正義マンの感覚は本当に生きるのに邪魔だったの。だから綺麗に綺麗に削除していったのさ。でも、その何とも思わずに、必要とされるなら助けるよってこっちへ相談しに来た人だけ助けるみたいなことしていたの。それなら、誰もお節介マンが来たとか言わないでしょ?www

 

そしたら、その「助ける気ないよ」「救う気ないよ」ってのが建前だってことだったわけ。

ひぃーーーーっ、自分を騙していた!∑(๑º口º๑)!!

いやはや、面白いわぁ。

きっと他人からはバレバレなんだろうけどね。

 

素直な気持ちってのは「ヒーローごっこしてた」だったのね。

マジかっ!! ってなものよ。

付き合ってくれた方々、本当にありがとうございます。m(_ _)m

「楽しかったよ」って言ってもらえるなら、嬉しいですわ。

 

また、遊ぼう! 今度はそっちがヒーローね!

 

ってな気分でしたわ。

 

まぁ、リアル人生でヒーローごっこしていた感覚は、これはこれで格別であります。www

あー、楽しかった。

 

 

 

普通の生活に戻っていきますね。

 

 

困っている人はいないか? 助けに行くぞ!!

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