もしかしなくても知的障害?

もしかしてまさみちが知的障害だとしたら?

発達障害系の話題に転じてから、色んな事が見えてきた。
まぁ、前からこの見えないものを見る力で見えてくるものは、常識とは違う対応や解釈を届けるものになるから、何か役に立つように出来ないかな? とかは思っていたんだけどね。

んで、分類がてら色々意識動かして、探っているのよ。

今は、ASDって自閉症スペクトラムとアスペルガー症候群は一括りにされているけど、この2つは全く別物として私は認識出来るのね。在り方が違うもの。

んで、ADHD(注意欠陥多動反射共鳴性障害)とADD(衝動性障害)ってのも分けられるかな。ADHDを日本語訳にすると、注意欠陥多動反射共鳴性障害って名付けるよ。

なして日本人って知らない人向けの言葉を使おうとしないのかね?
ADHDとかADDとか書くと、認識そのものがされにくくなるって考えたらわかる気がするんだけど、その分野の人にしか通用しない専門用語にしちゃうよね。まぁ、一々括弧書きで日本語表記が併記されているならいいけど。ホント、認知できないのよ。

まぁ、この2つは識別出来る。別物だわ。
んで注意欠陥多動反射共鳴性障害( ADHD)は、プラスとマイナスがある。
プラスはお馴染みの世の中に広く知れ渡っているもの。
マイナスはその逆で、注意しなくていいところまで注意して、気を抜いていいところでも気を抜かず、反射的に動いて良いのに、動かず取り残され、共鳴しないから穏やかで居るように見えて混乱の渦の中に居る人って感じね。これ、コンシェルジュのミーさんね。あと高知の友達の旦那とか。今のところ、マイナスで見つけられる人はそのくらいだけど、多分「わかることが、わからないことがわからない」という苦しみがあるよ。www
つまり、自分はわかる。でも他人はわからないことが、どう感じようとしてもわからない。みたいな感じね。プラスの方は、自分はわからない。でも他人がそれをわかってくれているということがわからない。から、注意されても修正することが出来ないでいる。みたいな?

 

あと、学習障害(LD)。これも認知できる。
意外と多い気がする。
軽度なものがほとんどだろうけど、その軽度故に、周りに理解されずに自分の問題として工夫を懲らすことよりも、一生懸命覚えようとする苦しみにはまり込むことしてしまうとか。

ダウン症。これも識別していける。

そして知的障害かな。
これ調べようとして認知出来ないから、わたしにブロックがあると気づいて外したわ。
そしたら見事に自分が知的障害系の要素を持ち合わせている人だったよ。
あー、道理で。人と違う訳ね。

他にもかん黙症とかチック症とか、教えてもらったりもしたけど、これらは安定者or安心者の相対的バランスの崩れで発症する相対的な問題だと認識出来たから、普通にブロック外しで軽減できていけるんじゃないかと思うが、臨床例がないのでなんとも言えない。

まぁ、物理的症状を精神的アプローチから何でも治せるってものでもないし、投薬とかした方が、相対的なバランスを変にいじるよりマシなこともあるかも知れないからね。うちは専門家じゃないからね。何年もかけて勉強に勉強を重ねて医師になっている人の知性の高さを軽視しちゃならんよ。

ただ、自分の見ているもの、感じているもので世界を創り上げているから、その外側の世界は認知出来ないのが、問題を大きくしていたりするんだけどね。中々どうして、アプローチそのものの全てを改めるなんて思わないからさ。

 

さて、まさみちはどうやら知的障害系の要素を含んでいるのが認知出来た。

数値で表わすなら1/50で、最も軽度なものだよ。

世の中では4段階に知的障害の等級があるね。
超重度
重度
中度
軽度
みたいに。

ざっくり数値を当てはめるなら。
超重度55以上/50
重度50/50
中度40/50
軽度35/50

とかになる。
うーん、つーことは、28/50以下ぐらいだと、ほとんど普通の人と変わらない知的障害ってなるの?

むむー。

一体、私は何を認知して識別しているのやら?

 

 

知的障害
・見ている人の認識と真逆の発想を持つ人のこと。
・定型の人がわかることが、わからなくなり、定型の人がわからないことが、わかること。
・定型の人からは、そうとしか見えないものを、そのように捉えることが出来ず、定型の人からはそうとは見えないものを、自分独自の見方で見て捉えていること。証明することができないもの。
・比較することが出来ないこと。
・好きな人にだけ、わかってもらえない感覚に陥ること。
・全体のバランスで発症するもの。
・全員で偏った価値感を均衡するように是正していくと収まっていくもの。

だそうだ。

見ている人の真逆の発想か。_| ̄|○
「これわかる?」
って聴かれると、「わからない」としか思い浮かばない方になるのか。
しかも当人が見ている訳だから、重度になると「わからない」しかない状態に陥るから生活困難者になってしまうんだな。

 

私の場合は軽度も軽度だから、何の支障もないけどね。
それでも、この自身の知的障害を否定してきたから、認識の外に立てていたというのはあるかも知れない。

まさみちのこと訳判らん。って見てくれている人のお陰で、訳判らん世界のことがわかるようになったって言えるのだから。なんとも奇妙な世界だね。

 

こうしてブログに書いて、関わる人は大体軽度の人ばっかりね。
そういう社会生活は問題ないけど、その枠組みではどうにも落ち着けない人に、答えを届ける役割って感じでやっている気がする。

ホント、この世界は見たものを証拠に動いてしまうから、見えていないものの世界に飛び込む方法論がわからないんだよね。だから、どうしても画一的な「何かの基準」を設けたくなって、それに該当するかしないか? それで見るしかなくなっていくんだよね。

 

アスペルガー症候群一つ取っても、「自分を改めていこう(自分を知る方向/他人を知る方向)」としている状態「みんなわかってくれない(自分を責める方向/他人を責める方向)」って状態では、浮かび上がる症状が変わる。診断チェックの問いかけも変えた方がいい。アンケート取るとするなら、4タイプぐらいやらせて、その傾向から見極めていく方がどうやらいいみたいなんだけどね。

 

とまぁね。

みんなどこかしら異常で変態で。って言うても、それで安心出来たらいいけど、出来ない人は信頼おける人から「こうだよ」って言ってもらえるだけでも助かるからね。

それが医師の場合もあるってだけでさ。
だから、気に掛かる人は医師に行けばいいし。
軽度だと思っていても、それはアスペルガー症候群と見ていいだろうし、診断がなくても「こうだよ」ってあると楽になれるなら、それでいいって思うからね。

脳を騙せ!

で騙せるならいいし。騙せないほど自分が賢すぎるなら、別の手で騙しにかかったらいいからね。

 

私も相当自分が狡猾で、何かしらの裏があるから「こんな人生になってしまった」なんて子供が居るのに離婚させられる現実を前に途方に暮れたけど、裏を見てみたからね。

絶対、私が望んだことだ。って。

そして、それには重大な意味があるし、それをしなければ絶対気づかないほど自分は何もわかっていないんだってしたの。それで自分の本心というか、潜在的な思いに触れていくことが出来たからね。

それが出来たのもの衝動性障害(ADD)があったからなんだよね。2/50というこれまだ軽度なものだけど、衝動性要素があるんだよね。その衝動性を自分の認識外に向けられたとき、気づきって訪れた感じなの。まぁ、その向きを変えるのは大変だったけどね。

発達障害者が、したり顔で定型の人(健常者)の振りして色んな事書いている訳だからさ。
そりゃ、なんか出来る気がするとか思っちゃうかもね。
いや、出来るでしょう。って思うのよ。こちらは。

こうやって紐解く何かを見つけると、惜しげもなく披露して行くけど、定型の人みたいに、これを希少性を含ませて、チラ見させて気を惹かせて、囲い込みしてビジネスとして安定させていくってやり方は、どうにもアスペルガー症候群としては出来やしないのよ。

やりたい人がやればいいじゃない。ってね。

 

んで、発達障害の何かしらを持つ自分たちも改めていくのは大事だけど、それを見ている定型の人の認識が改まっていかないとどうにも改善が進まない現実はありそうだわ。

さて、どうしたものかな?

 

 

なんか意見ちょうだい。

 

わかるよって言ってもらいたい為に、頑張るけど、自分に言わないとね。

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コメント

  1. 笑いヨガのつっちゃん♪ より:

    まさみちさん
    こんにちは(^-^)

    発達障害系記事、続けて読ませていただきました。
    とてもわかりやすく、すんなり入ってきたので
    思わずコメントを残しています。

    まさみちさんには、
    既存の学校じゃない、がっこうみたいなもの。
    作ってほしいです(^-^)

    1. 言霊師まさみち より:

      つっちゃんへ

      コメントありがとうございます。
      がっこういいね。
      創りたいって気持ちよりも、なんだろうな、その気持ちを代弁する思いとしたら、「がっこう創りたいと思える人を創りたい」かな。
      一緒か?
      あまりに、私から見ると世界が偏って見えてしまっているからね。
      色んな目線から見られるがっこうがあるといいよね。
      ありがとう。(o´〰`o)♡

      1. 笑いヨガのつっちゃん♪ より:

        まさみちさん
        返信ありがとうございます。
        (私のこと、誰だか気づいてますよね(^-^)♪

        お元気そうで嬉しく思ってます♪
        私も発達障害について詳しく調べることになり、
        友人からこちらのブログを紹介されました。
        読んでみてびっくり。
        今牧君ではないですか。

        定型さんが書いたであろう既存の解説書よりも、
        断然わかりやすく、伝わるものがあり、
        とても嬉しかったです。

        今牧君の見え方が偏っているとしても、
        このような見え方で、伝え方で道を見出す人がたくさんいるはずです。

        書いてくれて、本当にありがとう。
        今このタイミングであなたに出逢えたことにも、
        驚きと感謝の気持ちでいっぱいです。

        またリアルでお会いできたら・・・(^-^)

        1. 言霊師まさみち より:

          すまんません、超能力者じゃないので、誰だかわかっていません。
          ごめんなさい。m(_ _)m

          元気にはやれています。
          発達障害については、まだまだ研究し甲斐があるなぁって思っています。
          科学的証拠集めからの見知では見出せないものを見つけていければと思っています。

          いつでも、お声かけてくださいませ。
          何でも話し合えたらいいですよね。
          見え方なんてものは、人それぞれで特に自分の事は見えないものですから。

          みんながみんな、それぞれの見える世界を受け入れ合ったら、もっと世界は輝き出すって思ってます。

          ではでは。

          1. 笑いヨガのつっちゃん♪ より:

            あ、それは大変失礼いたしました!

            まさみちさんの研究について、また書いてくださいね。
            本当に楽しみにしています。

            それぞれの感じ方が違うということが、
            もっと「普通」になるといいなと、私も思っていたところです。

            「学習障害」と呼ばれる方たちは、物理的な見え方が、
            「学習障害」ではない方とはまったく違うということに衝撃を受けましたので。

            今後も楽しみにしています。
            ご丁寧なお返事、ありがとうございました。

            2010年12月
            平山先生、新岡先生、今井さんと共に学んだ
            つっちゃんより

          2. 言霊師まさみち より:

            はい、ありがとうございます。\(^O^)/
            平山先生、新岡先生繋がりだろうなというところまでは、何となく当てをつけていましたが、その先が……な感じで。
            きっと、大笑いして受けまくっていたんではなかろうか?

            って見ていたりしてます。
            多分、あの人か、あの人か? 見たいな。
            すみませんです。

            しかし、2010年12月だったんですね。まだ独立さえしていない時分ですよ。ひゃーって感じです。
            時の流れを感じますね。にしても奇遇だったんですねぇ〜。
            こうして繋がり相まみえる縁を感じます。

            また、お話し出来る機会創りたいものです。

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