彼氏彼女の事情 その9

一体どこに向けて書いているのやら?

彼氏彼女のお付き合いにおける、些細な行き違いから、根本的なズレにおけるトラブルにでも何か書ければと思って書き始めたものの、目的を忘れ、どっかに行ってしまっている感があるのは私だけだろうか?

明確なビジョンも目的も持たずに生きております。

彼氏彼女のいずれか、または双方が、はたまた恋愛の手本となる両親がアスペルガー症候群の人だと、その影響により、トラブルが起きやすいってことを話してます。

アスペルガー症候群とは、個別性ではなく、全体性で生きているって解釈するのが一番わかりやすい例えとなるもので、基準が個人にあるのではなく、全体にある為、「どうしてそれをしたの?」と聞かれても、「?」と自分の動機や根拠を示せなくなる人の事を指します。

結果が、やってしまっている! という事実がある為、それを個人の目的として見られ、その結果と、心の内に秘める動機を一緒にしようと、尋問がはじまり、周りが納得出来る解答を口にするまでは解放してくれないような恐怖に追いやられてしまうところがあります。

実際、ビデオにでも撮られれば「言っている」「やっている」というのがあるものの、当人はそれを突きつけられても、内なる動機に辿り着けないことさえあるわけです。アスペルガー症候群の程度が低い人は、健全な考えの元に、自白する理由を創り上げて、自分はこういう人間なんだって定義づけして生きるようになるものの、重度の人は、そうしたまとまった考えに至ることが出来ずに苦しみます。

 

彼氏彼女に、そうした自白的な証拠があっても、その証拠を自分で簡単に覆してしまうところがあるため、信用ならない人になります。「私はこうです」と言っているにも関わらず、「今の私はこうでした」と創り変えてしまうのです。これをされると付き合う側はたまったもんじゃありません。それは詐欺です。と名指しされてもおかしくないようなことです。けれどアスペルガー症候群の特有な反応を示す人には、これは良くあることで整合性を追求されるとお手上げになるしかない人がいるわけです。

 

 

「3、自分に言われている言葉を、赤の他人が聞いたときの反応で受け取る」
「あなたに」言っている言葉を、テレビでも観ているかのように受け止める。自分の事なのに赤の他人同士のやり取りのように見ており、反応も第三者的な表現に終始するため、言っている側を苛立たせることがある。相手が他人でも言う言葉なら、聞き入れられるが、身内だとか親身になっているからとか、特別扱いされると、聴けなくなる。大切な人、愛する人だから「口にしている」というのを度外視される反応で、どうでもいいけど言わないといけない他人への関わり方とか、身内だから口にするのではなく、他人として口にするという意識でもって接すると、伝えたいことがすんなり届いたりするもの。これが出来るようになるには、赤の他人に対して「私の為に言うことを聴いて」とお願い出来るような精神性を備えないと難しいってことになる。

「4、訂正しても聴かない(最初に放った言葉の反応にずっと従い続ける)」
言われた言葉がアスペルガー症候群のNGキーワード集に引っかかると、その言葉によって全体性(特有の価値感を持つ人たち)と繋がり、そこに執着して動かなくなる。言われた当人も、許せるはずだし、改めれば済むだけなのに、ふて腐れたまま態度を改められない自分が嫌になったりする。アスペルガー症候群の特有な症状の一つと思ってくれて良く、理屈でも知性でもよくよくわかる事なのに、それに従えない。気持ちを切り換えられない。だから、不機嫌にさせてしまって、彼や彼女がいくら謝罪しようが、何しようが機嫌を直さないのは、直せないのである。当人も困り果てている。はまり込んだところから抜け出すには、感心を一切合切外すことです。つまり、話題を100%変えてしまうこと。全く別の話題に切り換えたら、元に戻れるから。だから気分転換にお散歩行こう! 買い物しに行こう! なんてすれば、元に戻ります。再発防止策は、相念の根本を正さないと無理だから、それはブロック外しになるからセッションでも受けてね。ってなる。

「5、優しくするときは“何もしないこと”としている、ことが理解されない」
思考停止して、“何にもしないこと”がアスペルガー症候群の特性として持ち合わせていることがあり、何か事態が起きれば起きるほど、その問題に関わりなく平然と過ごすような姿で現れる。有事の際などでも、変わらないとかね。震災とか事故とか、当事者でもないなら、「何か出来ることはないか?」と考える定型の人に対して、アスペルは「何もしないこと」に入り込む為、忌み嫌われる傾向がある。だから、彼、彼女がトラブルと、何事もないように普通に振る舞ったりして、ひんしゅくを買うなんてのもある。相手を自分の事として、見ないからだ。全体性でいるため、赤の他人が駆けよって、手を貸すようなトラブルなら動けるが、赤の他人が無視するようなレベルのトラブルなら、手を貸さないのがアスペルガー症候群だったりする。動けるときと、動けないときの差はそういうところにある。より親しいほど、そうした無視とも思われる辛辣な行動は、恋人関係を破綻へと追い込む。でも、相手の気持ちがわからないアスペルは、特別扱いで優しくされることに無類の違和感を覚えることがある為、凄く嫌悪してしまったりする。赤の他人でもすることを、自分にもしているだけなら、違和感なく受け取れる為、そういう人に対してしか「優しさ」を感じないため、恋愛とか成立させることが困難となる。

「6、その人が気持ちいいことを言われないと分からない(普通はとか常識論とか、何をしたら傷つくとか、言い方が気に入らない(つまりは目的の内容は伝わっている)など、悲しみを伝えても受け取れない)」
「私は悲しいの」と言われても動けず、「私は嬉しいの」と言われると動ける。というもの。つまりポジティブな行為のみに特化して、ネガティブ回避という発想が持ち合わせられないというもの。定型の人は、危険回避や傷つけられないようにという発想で、「悲しくないように」「寂しくないように」NGになることを先んじて伝えても、「悲しみはそのままにしよう」「寂しいままでいよう」という風にしかアスペルガー症候群には届かない為、理解出来ない訳です。気持ちをそうしたネガティブなモードに相手が合わせられると、それと同時にアスペルの人もネガティブなモードに合わせてくるので、本当に厄介なことにしかならない。これを抜け出すには、根拠なくポジティブに切り換えることのみである。

「7、本質を表現してしまう(自分が嫌いな相手なら、相手を嫌うような言動を繰り返して行く)」

「8、気を引く行為が理解出来ない」

「9、何も考えずに動いていることが理解されない」

 

とまぁ、こんなの。続きはまた次にして。

こういう解説を聞いて納得する人もいれば、マジか? と呆れ果てる人もいるかも知れないけど、まぁこういうものなんです。

彼、彼女に関わらず、対人コミュニケーションにおいてのトラブルは、心のブロック(傷、トラウマ)などだけでなく、こうした発達障害から来るものもあるということ。根本原因が、心の傷とは違う為、対処や関わり方そのものが全く違う訳です。

 

人に優しくなりたい。

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