彼氏彼女の事情 その18

福岡入りしました。
カラオケ講座。楽しぃ。
歌が変わる。響きが変わる。
聞こえ方が変わる。

音と一つになる体験! いいね。これこそ歌だよ! ってね。

続き行きます。

1.「いなくなりたい」
2.「離れたい」
3.「別れたい」
4.「この人とはもう無理だな」
5.「わからなくなった」
6.「嫌しかない」
7.「壊してしまいたい」
8.「困らせたい」
9.「自分を痛めつけたい」
10.「何も考えられなくなる」
11.「理解不能な行動に出てしまう」
12.「愛する人がもっとも嫌がる最悪なことをしでかす」

 

6.「嫌しかない」
嫌いしかないのに、嫌いな人の元で生活していくしかない。
嫌で嫌でたまらない。
独り暮らしするにも、先立つもの(お金)や、維持していくもの(お金)がないと、好きに生きるのも(お金)が必要だ。すねかじりの自分がここから出て行く手立てがない。

最愛の人、我が子の心の奥底に「嫌いしかない」というのがわだかまっていたら? 

お金がなく、他で暮らせる生活能力がないにも関わらず、擁護する最愛の人や、家族に対して牙を向けることしか出来なかったりする。

「どうして、こんなに嫌われてしまっているのだろう?」
「何も話してくれなくなった」

なんてあるかと思う。
そんな中、自分の心の奥底に「便利な人になりたくない」が隠れていないか? と自問してもらいたい。

どうです? 都合のいいように利用されるって感覚は?

いいように財布にされるとか。
道具扱いされたくないとかは?

あるでしょ? 人だもの。普通の感覚としてそういう利用される感は、たまったものじゃないけど、「好きな人だけ特別に許す!」とかない?

これ、アスペルの人ってたまらんの。
身内には擁護して、他人には冷たくする。って奴ね。

この擁護、言い換えるならペット扱いだと解釈してね。

家族の中で、末っ子のアスペルなら、末っ子だけ何もしなくていい特権が得られて要領がいいとか言われながらも、何も出来ない自分には笑うしかないって牢獄に入れられている気分とか。

子供三人ともアスペルで、両親が定型なら、二人の親が甲斐甲斐しく三人のペットを飼い慣らしていく感じ。なんせアスペルは全体性、社会の問題を全部三人に映し出してくれる。何も言わなくなる上の子、自分の居場所がわからなくなる中の子、懐いているけど外ではいじめられている下の子。とか。

恋人なら、相手がアスペルなら一方的な依存がはじまる。これがアスペルに出て来る場合もあれば、映し出した定型の人に出て来る場合もある。まぁ、社会生活や稼げる側が飼う側に回る感じになる。様々な恋人問題を取り込んでくるから、まぁ、大変大変! まさに「どこ行ってきたの?(体中トッツキだらけの犬とか=幽霊いっぱい取り憑いている)」とか「どこで拾ってきたの!?(鼠を食えて褒めてと玄関先に置くネコとか=みんなの悩み聴いて、自分で全部片付けようとしてダークに墜ちている)」とかね。

まぁ、ペットとか表現は酷いとかあると思うけど、「嫌しかない」って感じる方も、感じさせる方も、大事にされ過ぎている、大事にし過ぎているとそんな風に感じることがあるってこと。

その背景に「便利な人になりたくない」って思いが、パートナーや家族の根底にあると、吹き出すってものよ。

みんな特別扱い大好きでしょ? 心底、これを望むの。

シンデレラ症候群みたいな?

シンデレラみたいに尽くして尽くして、褒美も与えられず継母や姉たちにこき使われるの。

世の中はさ、「酷い言葉を使う人が原因者」で一般的に通るけど、それで問題解決していない現実をさ、いい加減理解して、それ以外にも原因があるって気づいて明確にこれはこれ、それはこれ、って対処していかないとね。「酷い言葉を言わせているのは誰か?」ってね。アスペル相手は常識が通用しないから。

特別にいい扱いするには、特別に悪い扱いする人がいる訳。
必要なの。

ペットを飼う側は、何でも出来る便利な人よ。だから、自分で出来て、自分で褒められるの。まさに特別待遇を自分にして自分で享受するいい人に居られるの。それには、そのように見るしかない継母たちみたいないじめっ子が必要なの。これさ、継母役とかをやらされる側(アスペもしくは映し出された定型の人)はたまったもんじゃないよ。「嫌しかない」って感覚に染まるから。

絶対的にいい人(飼い主側)と絶対的に悪い人(ペット側)が恋人や家族の中に成立してしまうの。あーた、そんな二極に振れてごらんなさい。「生きていたくない」「死んでしまう方が楽」とかすぐ思えるようになるから。

だから、絶対的に何でも出来る便利な人がさ、心の奥底にある「便利に使われたくない=特別に扱って欲しい」って思いを整理しないとって話しだよ。

その背景には、「何も出来ない奴は生きている資格がない」なんて残酷な思いも隠れていたりするの。思っていなくても、隠し持っているって思ってくれたらいい。もっと酷い表現するなら「健康な体と精神と頭脳を持ちながら、人の役に立とうとしない奴は責められるもの」として定義づけされている思い込みがあるってことね。

どれだけ残酷なことが相手に映し出されるか気づいてね。

「生きている価値がある」←→「生きている価値がない」

この両極が同時に必要だとしたら?

価値ある人で居たい。とあなたが思うなら、価値のない人を目撃する必要が絶対的にあるってことに至らないといけないくらいの頭脳ぐらい持てよ。二極論を知っているならさ。その知識あってもクズだろう? 活用出来ない人ってのは。

どれだけ知識溜め込んでも、自分に適用できないなら、精神世界とか、心の勉強そのものをしているんじゃねぇよ。

色んな理論とかあるけど、実践する気が無い奴が理論に走るの。

どうやって現実を変えられるかって証拠集めてもしょうがないの。
それを執着で見ている自分から、無執着で見ている自分に切り換えるのに、証拠は要らないの。理論は要らないの。見直すだけでいいい。そのやり方は理論では学び取れないの。

要は、自分がクズ人間だって認める勇気があるかどうかだよ。

人をペット扱いして、自分が褒められるべきことをやって、僕は何も間違っていない。ほら、証拠がこんなにある。私は何も問題がない。ほら、お金もある。仕事もしている。休暇も満喫している。

ただ、でも、パートナーが、我が子が、親が、とんでもない人なの。これだけが悩みの種なのって思っているなら最低だよあんたら。

それ、人のせいって言うんだぜ?

アスペを理解せず、全体性で生きるということの感覚さえ掴まず、他人を他人として区切って見ている自分への警告だと思いもしない体たらくさだろ? 身内なのに、最愛の人なのに、目の前に居るのは他人そのものとしての振る舞い。家族だから、パートナーだから大事な人だからって抱きしめれば抱きしめるほど、相手は嫌がって暴れる。ペットを抱いて歩かせも外にも出さない。一度も手から離したことがないとするなら?

「歩けるから」

「出来るから」

「やってみせるから」

って暴れるんだぜ?

アスペは自分で自分を抱きしめ、自分で暴れるなんて自虐っぷりも凄いけどね。内の心が定型の心で、型や枠にアスペ反応が出る人はこれが起きる。たまらんよ。自分が本当に乖離してしまうから。

わかってやれ。

どれだけしんどいか。

だから、確証なく外に出して歩かせろ。保証なくやらせてみろ、出来るから。不安や心配のまま放り出せ、やってくれるから。

それが答えだよ。

「まだ無理」

なら、タイミングは来ない。いつかタイミングが来たらね。

って言葉は使わぬことだよ。

「まだ無理だけど、今放り出す」

ってやるの。

その実践以外に変わる道はないよ。

まぁ、知識に縛られ、理論に縛られ、保証や証拠集めに奔走している輩には何を言っても届かぬものだけどな。あなたのことだよ。

まさみちは、それに縛られている中から、自分を放り出して旅にださせたら、こんな風にアスペルガー症候群のみんなの気持ちで生きられるようになったよ。私はアスペルガー症候群の人たちの願いそのもので出来ている人だよ。

だから、アスペの人たちからは「好きしかない」しか生まれない筈だよ。なんたって「嫌しかない」←→「好きしかない」は同じだからね。自分の嫌いを辿ったら、全部好きに変わってしまったんだよ。全てが愛おしいんだよ。

愛しくなるための理論も証拠も保証もつけてあげられるように変れたんだよ。ただ一つ、あなたから「便利な人ね、都合よく利用させてくれない?」って言われないと、何も届けてあげられないけれどね。

以上だよ。

察してくれ。

ここまでくるのにどれだけの道のりがあるかをさ。

感じてくれ。

 

 

あなたがあなただからわたしで居られた。ありがとう。

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