無空者……「どうして、そんなこと言うの?」

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「無空者」

心には14のカテゴリーがあり、それが折り重なっていて、様々な心模様を表わしています。

それを1つだけ取り出して解説するのが、

「心がけ一つで人に優しく出来る講座」
-日本人における親睦感を大事にする個性別手ほどき-

です。


「無空者」というタイトルでは、何が何だかわからない心の働きです。
どんな、性格別になるのかお知らせしますので、自分の心に照らし合わせ、変える道筋がここにあると感じたら講座に足を運んでみてください。

 

「疎ましくなる」なんてことはないですか?

無空者の心の働きは、現実問題として、手間のかかること、やって、やり遂げられないものでもないけれど、出来れば避けて通りたいとき、「面倒くさい」という心が働き出します。

この心が動くと、やる気やその気を全て奪い去っていきます。

人が意気揚々として取り組んでいるものの、難題に直面すると投出したくなる時があります。
頼んでいるのに、お願いしたのに、承諾してくれた筈なのに、物事が進んで行かない時ってないですか?
ありますよね? いい加減な対応されたり、気のない返事をされたりして、呆れ果ててしまうなんて事が。イラついてもはじまらないから、ぶつけたい気持ちを抑え込んで大人の対応しようと、丁寧に対応するのだけれどうまいいなかいものです。より悪化する方向にしか働かず、更に苛立ちや悲しくなったりして、最後には全てを遮断してしまいたくなって、関係そのものを壊してしまうように動き出してしまいます。

 

 

そう、仕事場なら、仕事を辞めてしまうとか、人間関係なら、相手の承諾とか立場とか、積み上げてきたものなどお構いなしの発言をぶつけて困惑させることとかってない?

ぶちまけてしまった手前、後に退けばいいのに、それが出来ずに出した言葉通りに動こうとして制止されるのも振り切って全てを壊す勢いでなぎ倒していくとかってない?

 

「無空者」は、自分で制御しているつもりでも、「もういいや」って思ってしまう気持ちに力を貸してしまって、積み上げてきたものとか本当どうでもいいってくらいに壊して回るところの心の闇なの。この心の悪いところは、「信じている」って頭の中で思う心が嘘だと気づかないところにある。

自分は、「信じているの」って繰り返し相手を信頼していこうとする姿勢でいるから、自分は「良い人」なのよ。それなのに、相手は悪いように転じていくから段々と許せなくなるのね。こちらは「困らないようにしてあげている」のに、それを無碍にしてこられる訳だから、耐えられないのね。それを好きだからとか、仕事だからとか、色んな理由つけて我慢に我慢を重ねて行くところなの。もちろん、耐えられなくなって壊れてしまうのね。

 

壊れ方も人それぞれで、ぶち壊す方向へ動けない人がいて、多くの場合は何かに依存する事で現実から目を逸らす方向へ行くとかってあるの。

何に執着するかと言えば、典型的なのが珈琲だね。
依存するぐらい珈琲好きになってしまってしまうものなんてのがある。
「無空者」の領域を珈琲によって隠した思いは、幾つかある。

「在る」って思えない。
「教えられる」って思えない。
「身につく」って思えない。

「才能が在る」とか「磨き上げる力が在る」とか「生まれ変わるだけのまだ見ぬ何かが在る」とかね。
「人に教えられる」とか「教えを生み出せる」とか「教わらなくても覚えられる道を知っている」とかさ。
「知らずに身についている」とか「気づかぬうちに身につけさせられる」とか「身につけたい人に、望んだ通りに身につけさせる」とかを知らずに避けているんだよ。

 

無空者って心の使い方は、みんなが出来ないと思う事は、自分も出来ないって思うもので染まるものなの。

だから、出来ない集団に紛れると、出来なくなるし、出来る集団に紛れると、出来てしまうって類いの領域なの。これが染みついていると社会に出ても出来るように変わらないし、可能性とか信じないし、信じていても口ばっかりになりがちなの。

 

さぁ、これであなたにも身に覚えのあるような心の問題だと気づけたら、講座の価値というものが出て来るって話しですよ。

 

講座は3ポイントを大事にしています。

1.欲しいもの。
2.わかってほしいもの。
3.秘密にしたいもの。

この3要素を抑えて、それを改善する道筋を届け、日常の中に取り入れてもらって、ついつい「これでいい」と現状肯定して、不快感のまま維持しようという働きに飲まれるのを避けられるような知恵を授けていく講座です。

 

1.欲しいもの。    「1.もっと欲しい」
2.わかってほしいもの。「2.何でもないこと(動揺していない)」
3.秘密にしたいもの。 「3.解りたくないこと」

 

この3要素を解説し、改善していきます。

 

満たされている筈なのに、不足感を感じることってありません?
気にしていないのに、気にしているかのように扱われるってことありません?
自分の事じゃないのに、知らされる面倒くささとか、煩わしさとか、手に負えなさとか、いい加減にして欲しいってこととかありません?

 

その辺りの漠然とした言葉にならないこと、伝えていきます。
「無空者」は、悪い事を悪いまま捉えて、決して良い見方などはないという固定観念にしがみついているような部分でもあるため、「知らんわ」って相談相手に対してピシャリと戸を閉ざすような発言をしてしまうことがあります。もちろん、相談者が答えを見出していかなければならない為、「どうやって生きたらいいんでしょうか?」と問われても「知らんわ」と答えたくなるものですけど、無空者の領域の場合、「どうやって生きていけばいいのか?」という悩みそのものが浮かぶ原因は何か? と問いかけているので、生き方を聴いているのではなく、悩みが浮かび上がる根源問題は何か? と問うているので、答える方も、その引っかけに気づく必要があります。

 

言葉を文字通り受け取るような人がいます。
「無空者」という心が機能していないと、字面ばかり追い続けて、その背景にある思いや積み上げてきた歴史みたいなものに気持ちを向けません。それを説明しようものなら、「最初からそう伝えろ」と怒り出すくらいのものです。自分も何も伝えていないにも関わらず、人には要求してしまうような部分があります。それだけ、対人コミュニケーションを悪くしてしまう部分にもなります。

 

心は14ものカテゴリーに分類出来るからといって、一々付き合ってはいられないもの。
それでも、この1つひとつと向き合い、知ることで、避けられるものがあるなら触れてみたらいい。

無空者は、知らず知らずに優しくないように立ち振る舞っていたりする部分です。
人に改めて指摘でも受けないと、「ハッ」と気づけぬ部分です。
それもその筈、心の領域は無体という頭の心である「立役者」や、左脚の心である「功労者」とは違って、身体にない空間的な領域に位置するオーラ的な心を指します(そこここにあることばのちから2限目にて解説しています)。

気みたいなものを信じる気持ちくらいなければ、「雰囲気がいい」とか「なんか居心地悪い」とか見えない気を扱うような言葉など使える筈もなく、その領域を察知する心の部分です。

 

普段は無意識のうちに使い分けている心を、講座では一つに絞り、どうしてこんな働きをしているのかなど、解説出来たらと思います。心の闇などの成り立ちを知れば、心を開いて行く道も知れるというものです。

気になれば、あなたの心に触れられた文章だったということです。
その「気」に従うか、従わないかは、あなた自身では決められません。www
それが無空者の領域です。
来られたら、周りも自身も望んでいたということです。

面倒くさがりの「お前が勉強?」と笑われる覚悟を持てた人に届けていく講座です。
「ピン」と来なかった人でも、自分のことだと思える人向けです。

 

 

 

「ピン」と来ない感覚に触れられた人向けね。

無意識のうちに嫌われる真似を正せたらどんなにいいか。

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