ソワソワしていたあの頃に帰る

何も出来なかった頃の無力で、どうしようもない小学生時代の頃を思い出すようになった。

心の事で仕事をするようになり、6年目を迎えている。

どうにかこうにか、これ一本でやって来られた。

 

我ながらに大したもんだと思う。

途中バイトなんてのも少ししたけど、仕事が入るようになって辞めた。

順調といえば、順調だが、そうでもないと言えば、苦悩の連続ってのでもある。

 

とにかく、根本をどうにかしたかった。

悩めば、それが気づきの道に繋がった。

やれることは何でも取り組んだ。

といっても、取り組むのは自分の心だ。

 

潜在意識にダイブして、深海に潜るように深く深く探って行く。

そんな毎日の繰り返しだ。

馬鹿なくらい、それに没頭する。

潜在意識から、深層心理へ入り込めるようになると、それこそ誰にも読み解けない謎を紐解くようにもなれた。

自分でも楽になれるし、楽になってもらえる姿を見ると素直に嬉しくもある。

間違いもしてきた。

振り返れば、平謝りしかないようなことも沢山ある。

 

それでも、自分を磨き上げ、コントロールではない無制御でも整った状態を探るべく、本質というものを見つけようとしていた。全てを知りたい。知識ではない体感覚でわかるものが欲しくて、投げ出す覚悟で飛び込み続けた。

深海まで深く潜れるようになると、構造がわかるようになったから、講座を開くようになった。

伝統的ヨーガの世界や仏教で伝えているものと被るものを体感から知識に結びつけられると、喜びが溢れた。
学んで見つけたのではなく、心の淵に入り込んで、そこから出てきて振り返れば、世のある知識と一緒だったというものだ。これは研究者としては歓喜に震える体験である。

意識の使い方、伝え方、人が何を捉えていて、そのズレをどうしていけば正していけるか。

その手法が見えるのだから、教える事が出来る。
けれども、どうにも難しいらしい。わからないらしい。届いていないらしい。

これも難問として立ちはだかった。

問題なら解決していくだけ。これまでと変わりない。

 

幾たびも覗き込める領域というものが広がり、あっちの海、こっちの海と潜れるようになり、深さだけでなく、広さもわかるようになった。

そしてようやく海面に顔を出して、深呼吸するようになれた。

海面に浮かぶようになってから、小学生時分のことを思い出すようになった。

 

無意識に浮かび上がる「あの頃」は、どれも未解決で整理が出来ていない迷子の心だ。

深海に潜っているときは、一切浮かび上がらないから、解決出来ているものだと思い込んでいた。

そんなことはなかった。

 

 

私の小学生時代は、豊かでも輝かしいものでもない。

忘れ物常習犯で、勉強も普通以下。つまらない奴で、自分の思い通りにしたがり、喧嘩は出来ないから弱い奴同士で連み、遊んでいた。そんなに不満はないと大人になってからは思い込んでいた。いじめみたいなものはあったし、よくからかわれていたのもある。軽蔑の的として、罵られ、ちょっかいかけられ、あざ笑われて、嫌われていた。

今の心で振り返るなら、その当時の私は「わだかまり」そのものだったんだなと観察出来る。心の掃きだめと言えば「わだかまり」のイメージがつくだろうか? 傷ついた心を嫌い、その嫌った心を私に投影させて、リアルに嫌うことで、自分は大丈夫、自分は問題ない、自分は嫌われていない者同士で連んでいる、自分はこいつとは違うという感覚で、私を排除し、自身を正当化するために創り出された「掃きだめ」=「ゴミ」である。

納得出来るよね。

そう、そんな扱いだ。

色んな心の働きを「気」を追うことで繋がりの全てを広がりや奥行き、深み、空間を越えての繋がりまで紐解ける今なら、その当時の自分がどんな「気」で扱われていたかも観察出来る。

みんな、家の中で抱え込む、「許されない子」としての、居場所を失っている気持ちや、「間違ってばかりの子」として、何度繰り返し注意されても聴けない子としての疎外感や、「諦められている子」として、ため息をつかれたり、睨まれたり、叩かれたりして、解決の手引きをしてくれるのではなく、処罰だけで終わるという関わりを小学校に持ち込んで、クラスメイトの私にぶつけていたのである。

 

別に学校が嫌いだった訳じゃない。

いじめに対する心構えも持ち合わせていたから、そんなにダメージを抱えているとは思ってもいないで過ごしていたが、こうして読み解くと、あかんわ、これはダメだわ、これやられたら死ぬわ。と、振り返られる。

 

生き残れたのは、「型の心」と私が名付けている、「みんなと関わる為の心」が傷ついたなら、「内の心」に逃げ込めばいい。つまり、「わたし自身の心そのもの」の部分だ。傷ついているのは、型の心で、内の心ではないという、多重人格的な解釈を創り出していた。

「型の心」=みんなと関わる心
「枠の心」=あなたと関わる心
「内の心」=わたしと関わる心

みんなと関わる心も、あなたと関わる心も疲弊して、傷つき倒れているとは知らなかった。

連める相手は、わたしと関わる心として通じ合える同じ扱いを受けるような子たちとだけだった。

 

自分の心を自分で庇(かば)い、自分は平気だと嘘をつき、いじめる奴らとは距離を取れば良く、時間が過ぎ去れば、関わらなくても済むようになる。中学までは、何とも言えない関係が続いたし、嫌な思いもしてきた。自分が真っ当な反応や、関わりが出来ていたとも思えないから、そうした友人関係とかもうまく関われたのかどうかも怪しいものだ。それでも健全なつもりではあった。

繰り返し浮かぶようになった、小学生時分の自分は、忘れ物で立たされていることを思い出す。クラスの笑い者とは思わないが、自分でも理解できないくらいに忘れてしまう。大人になり、他の母親が子供に対して面倒を見ている姿を見ていると、あんな風に関わってもらった感覚がない。全部自分でやるようにと教え込まれていた。それだけに、何かあっても中々母親に言い出せないことも思い出されてくる。

 

立たされ、問いただされている忘れ物常習犯の私に入ると、「わからない」が渦巻いている。別に忘れたくて忘れている訳ではない。忘れてしまうから忘れているだけだ。

「嫌だ」「帰りたい」「何もしたくない」「うるさい」「嫌いだ」「ごめんなさい」「怒らないで」「言うこと聴きたくない」「助けて」「教えて」「わからない」「お前だけだ」「いらない」「教えない」「あっち行け」

いくらでも出てきそうだ。その当時の私に、「それはみんなの苦しみだったんだよ」と伝えてあげたい。

みんなどうすることも出来ない心を、自分より弱いような相手にぶつけることで、心のバランスを保っていたんだろう。何かが壊されていくような思い、そこに居られなくなるような疎外感の渦、煩わしい扱いをされて、言うことが聴けず、足手まといになるしかない未熟そのものの私が取り残されていた。

合わせなければならない。ついていかなければならない。覚えなければ、出来る子にならなければ、色んな思いに翻弄されて打ちのめされている。辛いとも苦しいとも言葉にすることが出来なかった時分だ。理解が追いつかない時代のこと。ただただ流されるままについていくままに、必死に毎日を乗り越えていた余裕のなかった自分を今見つけ出してあげられた。

 

何だろうか、あの頃に戻り、こうして今、出来る子に変れたとも思う。
人前に出られるし、自分の言葉で話せるし、必要ともされ、仕事もある。
その私があの頃に戻って、みんなと混ざって見ると、みんなまるで自分が叱られて立たされて、嘲笑われて苦しんでいることが伝わってくる。

そうか、共有していたんだ。

みんな、みんなの心と繋がりあって誰の思いも自分のように感じていたんだ。

 

出来る子と一緒に体育をしなければならなかったときなどは、その子の足手まといにならぬように必死についていこうとしていた。あの焦り。怒られたり、呆れられたり、幻滅されたりしないように気を張っていたのも、みんなのものだった。

得意になり、出来ることは見せたがる、優位に立って喜ぶのもみんなだった。

いじめやからかいに対して、気遣う子もいる。間に入って助けてくれたりはしないが、心の中では助けてくれていたこともわかる。なんだ、仲間だったんじゃん。

みんな、みんなクラスの除け者にされている感覚が嫌でたまらなかったんだ。みんなが持っていたなら、仲良しだったんだ。気づけなかったよ。

やっと、あの頃の私が心から笑って遊べるよう変れたよ。

この子を救う為に、深海に潜れるようになって、何でもわかるようになってみせて、戻って抱きしめてあげたかったんだ。落ちこぼれの真道を救い出せるように変れたんだ。自分の力で、誰の手も借りず、困り果てていた昔の自分をどうやったら笑わせられるのか、そればかり気にして生きていたんだな。

やっと、取り戻せた。

やっと、わかり合えた。

もう、泣いてなんかないよ。

 

忘れ物していた自分が先生に「必要ないから持って来ませんでした」と、宿題にしても何にしても胸を張っている自分が居る。

いじめられてからかわれて笑われている自分からみんなに「何か悲しいことでもあったの?」と言い返している。

意味もなく突っかかって小突いてくる相手には「何でも言いなよ」と全部受け入れて聴く耳が持てている。

 

そう、こんな自分に変わりたかったんだ。

正義のヒーローみたいになりたかったんだ。

いい奴でいたいんだ。

 

友だちだからな。

 

 

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