みんなと同じ考えにならない無能な私

見る、見られる、見ない、という三領域として定義出来たのは幸いだ。

とはいえ、これは別に真新しいものでも何でもない、「本当はだうしたいの?」とか「みんなはどんな風にしたらいいとアドバイスくれているかな?」とか「あなと同じ環境で育つことが出来たら、相手はどうしたかったんだろうね?」とかの質問をした先が、こんな三領域となるので、それほど特別な事でも何でもない。明確化出来ると、その後探しやすいってものだ。

 

色んな人が、色んな定義付けして見ているから、それら共通的に適応できるモノサシがあれば便利だよね。って程度に構造化をしていたりする。

伝統的に受け継がれているものを感覚的に定義出来たらよいと思わない?

知識で伝えられているのを、感覚で把握、掌握、解説し直すことが出来ればさ。って感じだ。

ふっと思い浮かんだのが真言宗の曼荼羅図、金剛界と胎動界の二つ。

これは、「見るもの」「見られるもの」「見ないもの」の上の次元というか解釈になり、今の感覚で言うなら金剛界は「欲」であり、胎蔵界「は「望み」である。

あかん、領域が広がった。
今まで漠然と使い分けていたものが明確化されてしまった。

詳しくは、有料ブログにて「金剛界と胎蔵界」

 

 

さてさて、タイトルに戻り、無能な私がどうやら転がっているようなので拾いに行ってくる。

 

タイプ41、嫌なことから目を背けていたらどんなことになる?
タイプ35、酷い目に遭う。
タイプ41、最もあなたにとって目を背けるしか方法がないようなことは何?
タイプ35、自分で居られなくなること。
タイプ12、朽ち果てている自分がいるとしたら、どうしたら復活すると思う?
タイプ54、「何も教えてくれるな」とか言っている。
タイプ22、「不満に取り憑かれていた」とするなら、その心をどうしたらいいと思う?
タイプ44、何事もないようにして、立ち上がり元気になる。
タイプ33、いつも通りに過ごす。
タイプ11、やる気がみなぎる。
タイプ55、みんなの不満に意味がないことがわかった。
タイプ22、理解出来た? 理解した。
タイプ44、誰か助けに来てくれた? 来ない。
タイプ33、自分も誰かが、どこかから来てくれて、助けてくれる妄想に取り憑かれて死んどったということだ。
タイプ11、笑うしかない。
タイプ55、幸せでしか出来ない遊びだな。
タイプ22、人の気持ちが本当にわかりたいって思った瞬間がこの時だよ。彼女が出来て良かったね。別れたけど。

うーん、中々恥ずかしい結末に至ったな。
そうか、人の気持ちを知るために、朽ち果てるような心を自分で創り出して、「救われ願望」なんてものに取り憑かれて、待ちわびていたという話しか。阿呆らしい。

こういう無意識が、どっかに転がっているから私が救う人だと勘違いする人が出て来るんだろうね。
そうじゃないってのに。

でも、自分も出来ていない姿をさらけ出していたら、どうにもならんよね。

かまってちゃんオーラ出していたって話しかっ!

痛すぎる。

 

いい歳こいて。

若気の至りだ。許してくれ。www

 

何か隔たりを感じたとき、自分の心が捨てられていたと気づける瞬間だ! 気づけるかい?

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