十方というものの見方

内観とか聴くと、何をしていいか変わらなくなる。
どうすればいいのか、指標もよくわからない。

内観という言葉があるように、外観というのもある。

 

外からの見た目だ。
私たちは通常、人の目を気にして生きているものだ。
他者に受け入れられる為に、自分の内側のことよりも、外面を大事にして行く必要があった。

だから、出る杭にはなってはならないし、人の目につくような行為は慎まなければならない。

当然、好き勝手な真似などする気も湧かなくなるような生き方が望ましいと錯覚する。

 

だから、一目を気にして自分の言いたいこと、やりたいこと、内側にしかない本当とも、偽物とも思っていいのかどうかさえわからないものを一度表に出して見ることを内観として例えてみたらいい。

気持ちをただ、表現していけばいい。
気持ちにも至らないことがある。考えに囚われている人が居る。

「親をどんな気持ちを抱いていますか?」
という質問に。
「感謝しています」
と、答えるなら、感覚的な言葉よりも、知覚的、知性的な言葉で返す人が居る。

「優しくも強い人」とか「一緒にいたい」とか「喜んでくれる人」などという気持ちを見せてくれる人もいる。
こちらは気持ちがうかがい知れるが、「感謝」という言葉には、気持ちを隠して言える何かがありそうな感じを受ける。

とっさに嘘がつける言葉として、感謝はとても有意義で便利な言葉だ。

「一緒に」「嬉しい」という気持ちを表わすような言葉を、とっさに嘘で出すのは困難な気がする。
気がするだけで、それさえも嘘で言える人には、内観なんてものはいらないだろうし、やっても良い言葉で締めくくられて、悩みがないとなるだろう。

 

内観なんてものは、自分が自分に嘘をついているに違いない! などという、自身の「気持ち」を疑え! という部分にも繋がってくるから、「感謝」という言葉で嘘ついているのはもちろんのこと、「一緒に」という気持ちさえも嘘だとするなら? という領域に踏み込んで行くのが内観だったりするが、これはちとハードルが高すぎて、ここを教え出すと、みんな居なくなる。難し過ぎるといって、離れて行ってしまうのだ。

その難しくても、紐解きたい人が残ってくれているのだが、どうにかその残ってくれている方々に教えておきたいのが十方という見方である。

 

十方と書いているだけに、方角として十ある。

1.東
2.東南
3.南
4.西南
5.西
6.西北
7.北
8.東北
9.上
10.下

というように、番号振って並べるとこんな具合になる。
十方は、「東、東南、南、西、西北、北、東北、上、下」だ。ただ方角に上下を加えたものだと言える。
これが、心の内模様を表わすのに、いい具合になる。
頭を使わなければならない十段活用みたいなものだ。

東は、陽が昇る方角だから、新しいことをはじめるとか、やるたいことをやる!
といった気持ちが必要となる。
西は、陽が沈む方角だから、過ぎ去ったことなどの過去形的な、完了形的な表現になる。
南は、温かさで、北は冷たさとなる。
東南は、励まし的であり、東北は、苦言的な嫌われたとしても言わなければならない改善の言葉とかになる。
西南は、やらなければ良かった的な後悔の念がありがちな、過ぎ去ることを止められない思いとかになる。
西北は、出来ないことを捨てきれずに持ち続けようとしてしまう思いとかになる。
上は、目上など尊敬する相手だし、下は、目下など面倒見て育てていく相手のようなものとなる。

この十方が自由にイメージ出来る心があるか、それを考えていったらいい。
それも内観となるからだ。
これは、考えの柔軟性や発想を養う訓練的なものとなるから、色んな言葉で練習も出来る。

方角に向き合った者同士の「やる」と言う場合。

1.東 :やります。
2.東南:やりましょう。
3.南 :やっている。
4.西南:やったけど。
5.西 :やめた。
6.西北:やるけど。
7.北 :やりません。
8.東北:やりたくない。
9.上 :やっていきます。
10.下  :やめよう。

といった具合になる。

東同士なら、「やります!」「はい、私もやります!」「私も!」
となるし、
西同士なら、「やめた」「あー、やめたやめた」「やめやめ」
となる。

そんなニュアンスで方角をイメージしてもらうといい。

東から西に向けてなら、「やり遂げる」という表現になる。
南から北に向けてなら、「やめていく」という表現になる。
上から下に向けてなら、「やってみせなさい」という表現になる。
東南から西北に向けてなら、「やめないで」という表現になる。
西南から東北に向けてなら、「やってから」という表現になる。

西から東に向けてなら、「やめてください」だし、
北から南に向けてなら、「やれるものなら」だし、
下から上に向けてなら、「やめておこう」だし、
西北から東南に向けてなら、「やめろ」だし、
東北から西南に向けてなら、「やめさせた」という表現になる。

 

組み合わせで、十方は幾らでも表現を変えていく。
生き方にも方角が出ていたりもする。

 

自分がどの方角をよく向いているのか考えてみるといい。
十方どの方角にも、気が通っている。つまり、考えて言葉が思いつく柔軟性があるなら、言葉巧みに扱えるというものとなる。気を通さなければ、発想も変わって行かない。

苦手意識ばかりではどうにもならない。

はじめみて、わかるものとなる。

 

内観とか難しいことしなくていい。
考え方の柔軟さを持ち合わせているのか? 書き出していけるのか?
それを意識してみること。それだけだ。

 

入力は充分にやっていても、出力をしている人は少ない。

意外と自分の考えだと思っていることが、受け売りだけでしかないとか、自分の言葉に置き換えて話すことが出来なかったりする。やろうとしなければ出来ないのは当たり前のこと。

 

「内観をどうしたらいいかわかりません」

うん、そうだと思う。
何かとても難しいことのように思っている。

それは、ひとまず置いて。

普段何を思っているのか書き出すなんてことからはじめるのがいい。

 

よければ、付き合ってくれると嬉しい。

ここのコメント欄に書いてくれたらいい。

「つまらないこと」
について、持論を展開してみたらいい。

 

1.「つまらない」と感じる時って、一人の時なのか、二人の時なのか、みんなといる時なのか、教えて欲しい。
2.「つまらない」と思う時って、どんなシーンなのか? 家なのか外なのか、聴かせて欲しい。
3.「つまらない」と気持ちが染まる時って、お金はあるのか、夢はあるのか、話を聴いてくれる人はいるのか、よかったら話してみてくれると嬉しい。

一行でも構わない。

書き出す、ことからはじめること。そのハードルを下げるには、一行で良しとすることだ。
十方なんてことを解説したが、あんなものはハイレベル過ぎて、普通の考えであっちやこっちやとイメージするのは困難だ。だからそんなものは後々でいい。
頭の働きを使い始めるところからでいい。

 

脳が受動モードにしかならず、発信モードになったことが少ないから、情報を吐き出すことになれていないのね。当たり障りのないことは言えても、自分の思いを口にすることは困難だったりする。それでも、はじめたらいい。ここで、付き合ってくれるとありがたい。

気になる人は、いつでも参加してくれたらいい。

役に立つかどうかなど、やってから考えればいい。

待っているよ。

 

困り果てた先に、答えの探し出し方を見つけるものだ。

SNSでもご購読できます。

コメント

  1. いちはらさおり より:

    こんばんわ

    「つまらない」に人数は関係ない、
    誰かと一緒にいても、つまらないことがある
    「つまらない」に場所は関係ない
    楽しげな場所にいても突然「つまらない」
    という感情につかまる不思議な瞬間がある
    お金も夢もあっても、望むのもが「手に入らない」、「叶わない」
    と思った時から「つまらない」に気持が切り替わる

    つまらないの反対を楽しい、と仮定すると
    1人で何もない場所にいても楽しいことがある。
    なにがしか満たされている、と感じた時なのだろうか?

    もっと時間をかけるとまた思いが変わってくるのかもしれないし、
    逆に余計に分からなくなって、何も書けなくなるかもしれないので
    恥ずかしながらこの状態で書き込みさせて頂きますm(__)m

    1. 噺家まさみち より:

      何をしていても、どんな時でも、「つまらなさ」はつきまとうものだ。
      周りの流れと、相反した行動に出てみたら面白かったのか? それともつまらなくなってしまったのか?
      答えの出し方がわからないと、何事もつまらなくなる。

      進むからいい。
      手応えがあるから面白い。
      反応がなくなるのは、つまらない。

      投げかけたものが、返ってこない時、何を思うかだ。

      一人で投げかけ、一人で返事をする。もしくは、一人で投げかけ、誰も返事をしない。
      いつまでも、答えが返ってこない問いかけをしているのは、きっとつまらないだろう。

      わからないまま、立ち尽くしている。

      わたしは誰? 問うているのは? 問われているのは? 答えているのは? 答えたのは?

      ここにいる。

      1. いちはらさおり より:

        ありがとうございます

        周りと相反した行動をして、何がしかの反応があれば
        面白いという気持ちになるし、お望み通り相手にされず
        無視され放っておかれるとつまらなくなります。

        投げかけてなにも反応が無いのはやはりつまらないし、さみしいです。

        そして、「ここにいる」になかなか気づけない私がいます。

        1. 噺家まさみち より:

          つまらないことしかしない人に、関わりたいかどうかだね。
          そのつまらないことしか出来ないのが自分だとしたら、そんな自分の相手をするのが自分しか居ないとするなら、「ここにいる」自分の相手をするのはやはり自分だとして、性根入れ直して構ってあげてみることも、道の始まりとしては必要かも知れませんね。

          1. いちはらさおり より:

            自分で自分に寄り添う、ということでしょうか。
            自分で自分を無視してたら何ともなりませね。
            ありがとうございました。

          2. 噺家まさみち より:

            自分くらい、自分に味方してやらんとね。

            無視せずに関わることでしか、見えてこないものもあるからさ。

  2. mihonakai より:

    1.私が「つまらない」と感じる時は、グループでいる時が多いように思います。

    2.「つまらない」と思う時って、グループで報道や同僚の批判で盛り上がってる時です。

    3.「つまらない」と気持ちが染まる時、つまらないことを話してる人を見下して、自分は違うと思っていました。
    「つまらないこと」と「つまらなくないこと」を分けて、「つまらなくないこと」が上位だと判断している自分がいました。

    見かたを変えると、「面白いことを探している」とも言えます。
    「つまらない」があるから、「面白い」に喜びを感じます。

    とりあえず。

    1. 噺家まさみち より:

      出来ない時、繰り返してしまう時、落ち込んだまま、動けなくなる時。

      つまらない。

      詰まることの方がいい気がしてしまう。

      せせら笑う方が、思い悩むよりもマシに思える。

      道が見えないよりも、在り来たりな道でもある方がいい。

      どうでもいい。なんでもいい。

      塞ぎ込んでいる。出口などどこにもない。

      わからない。答えが出ない。同じことをグルグル回るのだから飽き飽きしてつまらない。

      逃げても、何をしても、終わらない。

      次へ進めない。同じ選択しか出来ない自分がつまらない。

      気づけ、気づけと、自問している自分がつまらない。

      問うのをやめてみたらいい。

      つまらん。私が一番要らないんだと言えば良かった。いらない。

      つまるところ、私と私が会話するからつまらないんだ。

      つまらない人と話せば面白くなるから、つまらない人に価値があるから、つまらなくならなくなる。

      いいこと思いついた。

      言い訳を最後まで聞いてみるほど、つまらないものはない。

      1. なかいみほ より:

        つまらないのは私でした。私である他人と話せばよかった。そうすれば、私の知らない私を見ることができた。詰まって、詰まりを取り除く遊びが面白い。私は私を喜ばせたかったんだ!いつもいつも私は私がどうすれば喜ぶか?そのことしか考えていなかった。それが私が私であるということ。そして生きるということだった!

  3. 結菜 より:

    つまらないと思うとき、複数人でいるときかなぁと思います。1人で遊んでる時の方が基本楽しいし(笑)

    つまらないと思うシーンは、まわりと話が通じない時。まわりに合わせらるけど、『お互い通じて話してる』って感覚がないと基本つまらないし、笑えない。
    笑ってーって言われても『はぁ?つまらんことで笑えるかっての』って思いつつ、表情に笑顔は貼り付けてるかも。

    つまらないと思ってるときに物質的な満足感や夢の有無はあんまり関係ない。
    話を聞いてくれてる人はいるが、聴いてくれてるわけでもなく届いてないと感じるからつまらないorしゃべっても仕方ない、と徒労感の方が先にくる感覚。
    と、同時に届けたいと思うからできるだけ届く言葉を探して遊んで、つまらなさを解消しようとしてるとこもある感じ。

    こうやって書いてて引っかかるとこありまくりです(苦笑)

    1. 噺家まさみち より:

      わかってもらえないこと。わかるように振る舞って見せてしまっていること。
      望んだものが返ってこない時、自身を改めていくものだと知っていても、その改め方が見つけられない。
      だからつまらない。
      期待していても、期待しているから、期待外れで終わる。
      期待しなければ、期待以上が得られるかも知れないが、期待しないものに心動かされる事もないため、やっぱりつまらない結果に終わる。
      何をしても、期待外れ以外に出会えない。
      期待外れだから、外れているのは自分の立ち位置である。
      ここに加わっていない。
      そこに居ない。
      自由がないと思っていたが、自由だった。
      外れている自身に気づけば、もっとここ以外のそこへ行けた筈。
      わからないまま、踏み出して行く。期待しようもない期待のない外れたところへ向かう。
      「いらない子」
      という自由な言葉を与えてくれた。
      つまらない子ではない。ここではいらないだけ、あそこなら要るかも知れない。
      「どっか行け」
      答えを与えてくれていた。
      その人も知らない、どこかに向かうことが答えだ。
      その先にある何かわからないものに触れた時、つまらないよりも、疲れ果てている自分に気づいていける。
      「いつも通り」
      ほど、つまらないものはないが、いつも通りがなければ、驚くこともない。

      「わかってない」ことが、何よりも面白さに繋がる扉になっていた。

      はじめていこう。つまらなさの中に面白さがあるから、それが見つかるまで続けて見よう。詰まることがないとき、面白くなり、つまらなくなるまで飽きずにやり続けたら、また詰まることを探してつまらなくしていこう。それが面白い生き方だからだ。

      「諦めました。」

      と言った自分を自分で引き起こして立ち上がらせ、共に手を繋いで歩いて行こう。
      不満たらたらの自分が今では可愛く思える。置き去りにして、諦めさせて、黙らせているより、共に居て、グダグダ言わせている方が、賑わいになっていい。
      私ってこんなに愛らしいんだと、自分の姿を見つけられました。話してみるものだ。つまなんない話でも、最後まで聞いたらビックリすることが出て来るかも知れない。
      言い訳し放題の自分が、「やるよ」と言い出すなんて、そんな日が来るとは思いもしなかった。

      私のやる気はここにありました。

  4. 結菜 より:

    本当に自分が「やる」なんて言うときが来るとは思ってなかった。

    ずっと「いらない子」「あっちに行け」に私には居場所がないと怯えてました。
    それは別の場所があるっての視点がなかったから。

    通じない話をするだけ無駄だ。
    相手に伝わると期待しても無駄でしょ?
    ほら、やっぱりそうじゃん…疲れた。
    届かないのになんでこんなに話したんだろ。
    わからないならわからないと言ってくれ。
    そう言ってくれたらなんとか届ける次の手を探すのにと思っていた。
    せめて私を飽きさせないでくれ。とも…

    「諦めた」と言いながら全く諦められずに「なんで伝わらないんだ!」とジタバタしてる自分がすごく嫌いだった。

    けど、今は「また言ってる」って可愛く思える不思議。
    横にいたら賑やかしには最適、一緒に歩けばいい。

    いつも通りの先に何かがあるとわかったなら、それに届くまで手を伸ばしてみたい。
    恐れや諦めも愛の形の1つ。

    ってとこでしょうか。

    1. 噺家まさみち より:

      うん、自分で先に進めたね。

      やってみるものでしょ?

      1. 結菜 より:

        ですね。
        また新しく楽しくなる遊びを見つけた感です。

        ありがとうございます(^-^)

  5. 揚子 より:

    1.二人以上でいる時。
    2.①二人でいる時
      ・目的が分からない話を延々と聞き続けるしかできない時。
       話に興味がなくても「愚痴りたいんだな」とか、目的が分かれば問題ない。
      ・どちらかが一方的に話をしている時。
       相手の話を聞く一方だとイライラする。自分が話す一方だと罪悪感がある。
      ②みんなでいる時
      ・どう振る舞ってよいか分からず、黙り込む以外にその場をしのぐ方法が見つからない時。
      ・何を話していいか分からず、人に話しかけられないまま時間が過ぎる時。
      ・何かで優勝したとか、目標が達成された一瞬あと。
        みんなと手を取って喜びながら、すっと気持ちが冷めて
        「私は一体何をしているのか」「こんなことに何の意味があるのか」
        「やっと終わってくれた。せいせいした」と思いながら、騒いで喜んでいるふりをしている時。
    3.夢は特にない。話せる人もいない。
      ①「何か夢や目標はないのか」と聞かれることがあるが、ないものはないので困る。
       「つまらないやつだ」と責められている気持ちになる。   
       かといって夢とか目標とかあっても色々しんどそうなので、やっぱり欲しくない。
      ②こんなことを話せる人はいない。
       会話はキャッチボールだと言うが、こんなボールを投げられたところで
       どう返せば良いか、判断に困るだろう。それ以前に取れなさそうだ。
       取れない・返しづらいボールを投げてもしょうがない。キャッチボールにならない。

       総合してみると私が「つまらない」と思うのは「共有できていない時」だと思う。
       また、自分が「つまらない奴」であることを望んでいるのかもしれない、と思う。

     ここまで書くのに丸一日かかりました。自分の思いを口にするのは怖いですね。 

    1. 噺家まさみち より:

      揚子さま、コメントありがとうございます。

      つまらないときのことを書くだけでも、中々大変な作業だというほどに、自分の心を表に出すことって、やっていない分、要領が掴めないものですよね。

      嘘をつかれたくもないし、つきたくもないけど、嘘をついていくしか付き合い方もわからない。
      どうすることもできない、この虚しい気持ちの心を元の状態に戻せる方法は誰も教えてはくれない。
      嘘をつくことを覚えてしまえば、大抵のことはそつなくこなせる。
      喜びの中で、共に喜んでいる振りや、悲しみの中で共に悲しんでいる振りなど造作もないこととなる。
      つまらない。
      生気がない。精気がなくなった。
      生きている意味も価値も全てが色褪せて、ただ、淡々と輪廻を繰り返すものだと教えられた。
      つまんねぇ。
      言いたいこと言ってスッキリした後、破滅が待っている。
      言いたいこと言わずに我慢して、みんなに喜ばれても、自分の心が破滅してしまっている。
      誰も答えを示してはくれない。みんなわかっていない。
      私もわからない。あなたもわからない。
      忘れられた存在が私だ。私が私を忘れ去っていた。
      好奇心溢れる、無邪気な私を今取り戻して行こう。
      気持ちに振り回されるのはよそう。そんなものに価値はなかった。
      誰が教えたか知らないが、気持ちを大事にした結果、自分への優しさを忘れてしまったんだ。
      くだらないことを大事にしてしまっていた。
      恐がればいいし、嘆いていけばいいから、きれいな心で貫いていけばいい。
      壊して行けばいいし、間違えていけばいいから、その向こうにある笑える姿を見ていけばいい。

      笑い出せたら、それでいい。
      大事なモノを置き去りにしていたわ。
      人に満たして貰おうという、みんなを真似るのはやめにして、私を真似させて行けばいい。
      使えない人を真似ていたから、つまんなかったんだ。
      疲れる人を見ていたらこっちまで疲れてしまっていたんだ。別れ別れになった私を今取り戻した。共に笑おう。みんなを笑わそう。

      期待通りに行かなくていい。期待外れこそ面白さになる。
      想定外でなければ意味がない。新しい! と言えるものは、いつも嫌われるものだと忘れていた。嫌われていこう。
      創り変えて行こう。築き挙げていけ。
      登りつめていけ。どこまでも終わりなき私の喜びがそこにあるから。
      繋がり合いが私を変えて行く。結びつきで花開いていく。
      ひとつになればわかること。一人になるからわかること。
      なんだってやればいい。何でもやるから連れて行ってくれ。
      私はいつもあなたを見ていた。あなたはいつも私を見つめていてくれた。
      一緒にいる。だからこうしている。

      意味のない言葉のやりとりに飽き飽きしていたよ。これが会話だと教えてくれた。
      楽しくてたまらない。面白くて、わかり続けて、引っ繰り返って、喜んで、何度も転んで起き上がってまた走り、飛んで跳ねて、遊んでいた。
      優しくなればいいだけだ。答えを教えてもらって、あなたのようになると決めた私を思い出したよ。

  6. Ono Maiko より:

    1.「つまらない」と感じる時
    一人、二人、みんなといる時いつでも「つまらない」と感じる。

    2.「つまらない」と思うシーン
    家でも外でも、ここに自分がいなくていい、いない感覚になるとき。

    3.「つまらない」と気持ちが染まる時
    お金はあってもなくても「つまらない」と思う。
    夢はない、もしくは夢があったことも忘れてる。
    話を聴いてくれる人はいるだろうけど、話さない。

    つまらなくしているのは、私自身。楽しむ気がないのも面白くする気がないのも自分。絶望している、生きていない、つまらなそうにしている私が諦めてる私。

    1. 噺家まさみち より:

      麻衣子さま、コメントありがとうございます。

      覚えて居ることが出来ないでいる。何一つ、楽しむことがなくなってしまっている。
      生まれ変わりがあって、人生が終わることなく続いていると教えられているなら、人はもう少し人に優しく出来るのではないかとさえ思う。
      人に冷たくされたことを覚えている。
      阻害されたこと、疎まれたこと、悪く扱われたこと、差別されたこと、意味もなく憎まれたこと、逆恨みされたこと、傷つけられたこと、忘れ去られたことによって、何もかも打ち込むことへの意味を見失っていた。

      何をしても何もならない。どれだけ頑張った所で、全て無に還されてしまうなら、何もしない方がいい。
      自分に絶対的な諦めを持たせることで、不必要な悲しみに近寄らぬように施した。
      自分の身を自分で守る。何者にも頼らない。私自身さえ安全であるならば、他の何も望まない。
      欲が全てを壊すのだ。持てるもの全てを捨てて行け。
      力も要らない。愛も要らない。
      無に還して、闇に閉ざして、私が私でいなくなり、貴方が誰かもわからなくすればもう迷いもない。
      つまらない。つまることがない。

      何をしていても、どんな時でも、満たされない思いに心閉じ込めて過ごしていけばいい。この虚しい気持ちがある限り、私の心は守られ続けている。
      誰も紐解くことが出来ない特別な場所で私は幸せに過ごしている。邪魔しないで欲しい。
      助けに来ないで。見つけ出さないで。

      あなたのいない世界などに意味はない。あなたなしに生きていく気持ちなど持ちたくない。
      死んでしまいたい。死んだことにしておいてほしい。

      隠した自分の心に触れた。無くした自分を見つけ出してしまった。
      戻ろう。還ろう。
      生きている。生き続けていた。
      いないあの人の影を追うのはやめにしよう。幸せな笑顔で生きていこう。
      それがみんなの望みだとわかりました。あなたの心に宿る私が笑顔にならなければ、あなたが笑顔にならないことに気づきました。
      楽しくしたい。楽しくなりました。

      走り出していこう。駆け上がって行こう。
      どこまで、どこまでも。
      何をしていてもいい。何があってもいい。
      わかり合えなくても、わかるまで関わればいい。
      苦しんだ分だけ、楽しく変えて行けばいい。やめることはない。
      遊び通せ。はしゃぎ回れ。
      今からやろう。飽きることなくやり続けて、面白くしていこう。
      何だってよかった。私が笑えれば良かった。
      わかり合えるのはその後だ。わかり合えたら、もっとわからないことをわかり合いたいと思うものだった。

      ここに集おう。あそこに集まろう。
      どこにでもいる。どこへでも行ける。

      つまなんないことなんてない。つまらないようにしていたのは、終わりだと決めた自分だった。
      区切りなんていらない。始まりも終わりもない。
      続いていく。続けて行く。

      抜け出していこう。貫いていこう。
      心の扉は開かれた。心の闇は闇によって満たされていたことに気づいたよ。
      全部ある。ここにある。
      わたしだから出来た。わたしにしか出来ないことでした。
      あなたになっていた。みんなの気持ちで出来ていた。
      笑っている。笑いしかなくなった。
      喜びの中にいる。愛の中にいる。
      愛でないものが愛だと気づきました。それが愛でした。

      愛がわたしでした。愛になりました。
      つまんないと言うのが愛でした。つまんないねと答えるのが愛でない愛でした。
      幸せだね、幸せだよ。あなたがいる、わたしがいる。
      何にも無くなりました。全部ここにありました。
      そこと、ここに、答えがありました。ここも、あそこも答えそのものでした。
      そこここにあなたがいました。どこにもわたしはいませんでした。
      見つけた、見つかった。見えなくなった、見つかるまでこうしていました。
      一人でした、二人でした、三人になってわたしでした。全部あなたでした。

      笑顔の中だと気づきました。ずっと笑い続けていただけでした。泣いて良かった。泣き止んだから笑い出しました。ずっと笑っていよう。いつまでも笑顔のままでした。

      何でもないよ。平気だよ。
      困らないよ。元気だよ。
      いつもと同じになりました。つまんない日が終わり、面白い日がはじまり、何でもない日が続きました。
      もう諦めないよ。私はわたしだから私になったから、忘れないように笑って行くよ。大丈夫だから、生きているから。あなたと会えたから、見ていてくれたから。ここまで来てくれたとわかったから、歩き始めました。

      はい。やります。

コメントを残す

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。