そこここにあることばのちから2限目の感想

青森県弘前市に行ってきました。
寒かった〜。
今は東京だけど、東京も寒い〜。

主催してくれた山内さんが、ブログで感想を書いてくださったので、シェアします。

「そこここにある“ことば”のちから弘前2限目」

よーく、まとめてくれてます。

資料は活用してもらいたいけど、中々ね、読んで終わりになっちゃうんだよね。

芽の出る人、出ない人。

色んな資格とかもらっても、それで稼げる人、稼げない人、差は歴然なんだよね。

昨日、「3月のライオン」って漫画を最初の部分だけ読んだんだけど、将棋の棋士になるのに、環境の変化や外弟子が加わったことで、棋士の子供が挫折して棋士をやめていくことが描かれていたのね。

その時のプロの棋士が子供に容赦ない父の姿に、外弟子がすがるのだけど「他人が説得しなけりゃ、続かないようならダメなんだ」って言葉があってね。ああ、プロってそういう姿勢だよねって思うのよ。

わたしはカウンセリングの道に入ると決めたとき、キネシオロジーという筋反射の性質が肉体に備わっていると教わったことで「人間ってすげー高性能なんだ!」って目キラキラして飛び跳ねて喜んだよ。

これさえあれば、何だって紐解ける!

そう思ったものさ。

でもさ、現実に筋反射やOリング、キネシオロジーをその分野なら知っている人は幾らでもいるんだけど、使いこなしている人はごく僅かなの。ビックリするくらい少ないの。

 

それもそのはず、自分のメンタルの弱さがモロ筋反射に出てしまうし、肉体に対する心の傷や、見えないものに対する心の傷があると、てきめんに使いにくくなる代物でね。「信仰心」がない人は本当に無意味な代物になるくらい、筋反射という生体反射機能は誤動作しまくるの。

だから、一人でやるキネシは本当に粗雑で使い物にならない代物だったんだよね。
でも、そのメンタルのガタガタさがあっても、私は使い続けたし、自分を改め続けたの。
自分曲げなしね。
理論理屈だけど、理論理屈じゃないからさ、傷ついた心が望んでいるのは。
だから、全部自分でやると決めたし、やり抜いてきた。

 

昨今は、色々励ましなど外の力によって励まし合いみたいな姿で、チームで勝利するみたいな感じになっていていとてもいい傾向だなぁって思うけど、資格を取る、自立する、独立して自営するなんてなると、励まし合いとかじゃなくなるってことくらいわかる筈なんだけどね。

それぞれのタイプがあるだろうから仕方ないし、チームで励まし合いなら、自営なんて道じゃないしね。
まず、一人で立つ。その後に連携じぇね? と思うのさ。
ちなみに、私はまだ一人で立てている自営の段階に入れていないと断っておくよ。
まだ、自分の中に安定するものないもの。

だから、一生懸命やってる。そんなの当然。
身を粉にする気持ちもある。
遊んでいる場合じゃないなんて気持ちはいつもある。(遊んでるけどね)
遊んでいるより、自分の心の傷を見つけて治すことの方が余程重大だと思っているから。

 

人の心を治していくカウンセリングは、結局のところ自分自身の心が全快状態でなければ意味がない。

みんなさ、五行とか、ヨーガとか、アーユルヴェーダとか、使っているけど、その創始者たちはどんな心理状態でそれを編み出したと思ってんの? って思うのさ。

何でも習えばいいってものじゃないくらいわかるんじゃないの? ってね。
将棋漫画を取り上げてみたけど、独立したい、自営して自分で稼ぎたいと思うなら、全て捨ててでもそれに専念できるくらいの孤高さとかって持たないのかしら? とか思っちゃうけど変かしら?

キネシに触れた時、何でもわかる! スゲー、人間スゲー、ってマジで感動したものだしね。
その通りに、何でもわかる! みたいなことできるように変わって来ている。
ただのサラリーマンあがりよ。脱サラよ。

普通に派遣社員で安月給で、引き抜いてもらってリーダーやらせてもらえて、仕事が楽しいって思えるようになったりしたけど、やはり安月給は変わりないよ。今以上に身を粉にして働いても時給の世界は労働時間でしか給料は増やせないしね。

スタートラインはみんなと変わらんって思っている。

ただ、こっちは向いていた。と思いはするけどね。
寝ても覚めても続けられるくらい好きだから。
だから、好きじゃなければプロにはなれない。
食ってはいけない。

 

そんな情熱ない。
とか、言う人もいるけど、「じゃ、ゼロにしてやめてしまえよ」と冷たく切ってみればいい。

「これしかないの」

って言うから。
それを「好き」って言うんだよバカ。

寝ても覚めても関わってんじゃねぇか。

一々、エゴのうわごとを本気の言葉と真に受けて、やろうとしない言い訳してるんじゃないよ。

 

まぁ、そんな風に動き出せない人たちを見ると、「使われる側」の精神性から抜け出せずに「使う側」の精神性に切り換えられないのね。「支配する側」「支配される側」と言ってもいいけど。

みんな支配されたくない人たちばかりだからさ。
支配するような人にはなりたくないと言うから、自営とか、自分で稼げるような上に立つ人にはならんのよ。
社長は会社を支配してんの。
心配り、心底支えているのが社長ってものなの。
自営も一緒。
心配って、全力挙げて支えようと顧客に向き合ってんの。
支配しろよバカ。

 

お前のような優しい奴が支配(心配りして、ありったけの愛で支えたら)したら、お客は喜ぶだろうが。

上に立てよ。

横並びになるな。人からの評価に気にしてるんじゃない。
繋がりを断ち切られても、繋ぎ直していけばいい。

一人になることはない。

 

なんてね。

そこここにあることばのちからの元となる意識レベルなんてものに取り組みはじめたとき、自分の読み間違いで色々と見誤っていたことも思い出したの。それでもその間違いの中から修正し続けて、今日があるの。全力で間違えてたのに気づけば、全力で修正するだけ。人に言われて直しているようなものじゃダメなの。自分で直して行けるようにならないとね。私もまだまだ人からの一言で気づかされることも多いから、精進している最中です。

 

 

言いたいこと、言い尽くしていこう。

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コメント

  1. 支配する側になりたい!と、思いました。

    いつの間にか寝る間も惜しんで夢中になっていました。
    誘ってくれてありがとう!

    1. 噺家まさみち より:

      そして愛は見えないもの。
      愛で支配しても、支配されている感覚がないのが一番良いよね。

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