怖いから考える力が生まれる

新年から新体制(わたしの活動のことね)ではじめると決めていても、実質何が変わったのかもよくわからんところがある、いつものところでございます。

歌を中心に活動しよう、なんて決めていてもなんせ右も左もわからず、事務所にも所属していないから、何していいかもよくわかっていない有り様という戦々恐々といった具合であります。

 

タイトル通り、怖いから考える力が生まれるってのがあるのはわかるでしょうか?

ドタバタと走り抜けた2017年でしたが、2018年もいっぱい悩みそうな年となりそうです。

 

新しい事をはじめる力って、どうやったら養えるのだろうか?

小さな成功をコツコツ積み重ねたら、自信がついて何でもチャレンジ出来るようになる?

多分、私の言いたい「新しい事をはじめる力」は、身につかないと思う。

 

今回ここで紹介するのは、「好奇心を失った心」についてだ。

よく、巷では「ワクワクを選んで行こう」と、自分の心に素直に正直になる方向を選ぶように諭す人たちがいる。それって、普段からやっていることだと思うのね。

と、素朴にそう思う私は結構捻くれていたりする。

 

物事が上手く行かない人って、自分に正直だし、嘘ついてないし、真面目にやっているし、好奇心の赴くまま、ワクワクする方向に進んでいって、失敗していると思うんだよね。何もさぁ、感じるよりも考えることを優先しているとか、ワクワクを選ばずにいるなんて真似していないと思うのね。みんなフィーリングを大事にしていると思うんだ。

 

でも、その感じ方やワクワクにも種類があって、「いいワクワク」「悪いワクワク」があるとしたら? 区別出来ている? なんて問いかけに判別する心の違いを見分けられるか? なんていきなり言われても困ると思うのね。

好奇心が傷ついて、疲弊した心になっていたら?
心にぽっかり穴が空いているような……って表現をしたその穴が「好奇心」の穴だとしたら?
どうやってワクワクを選べるだろうか?

そして、人生一度も体験していないことや、未知の問題や危険が未知数の物事が目の前に現われたとき、「ワクワクするなぁ!」とドラゴンボールの孫悟空のごとく目を輝かせる心があるとでも思っているだろうか?

 

ワクワクして冒険を成功した人の講演を聴くのは楽しいし、凄いことだと感心するし、その人のようになれたらとお近づきになりたいものだから、近寄っていく。

でもさ、成功する人の心の作りと、みんなの心の作りってまるで違うことを教えてはくれない。
みんな、普通にしていてワクワクすると真剣に思い込んでいる。

上に書いたように「未知の問題や危険が未知数の物事が目の前に現われたら?」という問いかけに、あなたは「ワクワクしてくる!」と感じているのか、そうではないのか、想像してみたらいい。

 

私は今、音楽業界に踏み出して、先日もFM OH!85.1MHzまで赴いて、仕事の話しをしてきたけれど、ワクワクとかしてないしね。ドキドキもソワソワもビクビクもないけれどwww。ただ、やるしかない! みたいな感じだよ。未知の分野過ぎて、積み上げてきた45年の人生の経験が全く役に立たないくらいに新業界に踏み出した私の心はお先を見て、何か上機嫌になるとか、不機嫌になるとかなく、目の前のことを一生懸命尽くしていることをしている。

 

これをさ、読者の皆さま方に、ウケるように話してみよう。

 

私は今、音楽業界に踏み込み、未知の体験をしている。先日FM OH!85.1MHzのラジオ局に赴き、あなむとの今後の仕事の話を打ち合わせてきた。二人で手がけた東大阪のイベントが喜ばれて、次に繋げていく流れが来ている。正直嬉しい。流れが来ている感じがある。そう、ワクワクしてくる感じがある。自分が試されているようで、励まされいるようで、何かに後押しを受けているそんな気持ちになる。不安がないわけじゃない。それでも自分のワクワクに従って、その日のうちにCMのレコーディングもトントンと決まって収録してしまった。もはや、何か神がかった力が働いているとしか思えない感じがある。手に汗が滲むが、望まれている感じもあり、心地よい。それでも、自分の中に色んな影が過ぎるが、それはどれもワクワクしていくものではないから選ばない。仕事の方向性を改めて、様々な思いが交錯する中、やっていける感覚はないけれど、考えずに飛び込んで行くこと、気持ちに従って行くこと、本当はどうしたいのか? なんて思いに従い続けて行けば、きっと嬉しいことが起きるに違いない。ワクワクがとまらないぞ。

 

とまぁ、こんな具合に書き換えることが出来る。
この文体でブログ書いたら、みんなワクワクしてくるだろうよ。

何が言いたいかって、作り上げられた文体によって、乗せられているってこと。

仕掛けられて、仕掛けに乗らされているだけだって話だ。
それが商売ってものだし、トークだし、本気でワクワクを選んで欲しいと訴えかける心は純粋だけれど、聴かせる話し方が出来る人と、そうでない人では見せ方の違いやテクニックがわからないから、同じくワクワクを選んでいても、表現がまるで違ってくる。

自転車で全都道府県走覇して来た体験も、兄貴の北海道一周をチャリでしてきた姿を見て、「格好いいなぁ、オレもやりたい」とワクワクしたりもした。それは確かにワクワクだと思う。でもさ、それって新聞配達で毎日自転車にまたがり配達し続けている前提があるんだよ。無類の自転車好きだったし、5km走るのも50km走るのも、150km走るのも、漕いでいればいずれつくって価値感が前提に根ざしてあるから、ワクワクするなんて口走ることが出来る訳ね。

 

ワクワクを選ぶには、その世界に飛び込む前提が出来上がっていなければ、ワクワクなんて出来る筈もないってことを知って置いてもらいたいのね。

「何もしたいことがありません」

こんな症候群の方々は、ワクワクすることさえないし、「本当はどうしたいの?」さえも答えることが出来ない苦悩の中に立たされていたりするのね。それなのに馬鹿の一つ覚えみたいに「本当にやりたいことは?」と問いかけられても、「ない」が答えでもあったりするんだよ。真剣にさ。

 

好奇心を潰されてきた人の心を修復するには、それなりの技量も心の優しさも必要なのね。
アドバイスするなら知性くらい持てよ。全て物事を肯定的に解釈出来る知識を備えている前提くらいは必要だろう。

 

 

好奇心を潰されても、その中で生きる力を見出していくのが人生でもあったりする。
私は幸いにも自転車にまたがって旅をする心は潰されていなかったから、純粋に楽しめた。
けれども、絵を描くことも、プラモデルや釣りをすることは、好きだったけれど、どれも病んだ心を覆い隠す為の逃避行為だったと、今なら振り返ってわかったりもする。怖いよね。あんなに熱中して作っていたプラモデルとか、漫画とかが、ある種の逃避する代償行為だとするなら、自分の好きなこと、ワクワクすることが、実に寂しさを埋め合わせるものとか、悲しみを覆い隠すものだとか、気持ちを誤魔化す為に執着しているものだとすることだってあるって話になってしまう。

 

私も好奇心を潰されている一人だ。
今でも回復していない。

そう、歌う心がまだまだ癒えていない。

でも、この歌う好奇心を取り戻す為に、ありとあらゆる心の傷によって、怖れる心から、考える力を養うことが出来た。そう、自分で自分の心をどうやったら癒やし、取り戻す事が出来るのか? ってことだ。

 

それで、考える力が身につき、自問自答を繰り返して、痛みから全て学び取ってきた。
痛いのはみんな嫌だ。私だって嫌だ。だから痛くないようにしていくしかない。心との対話を覚え、体との対話の仕方を知り、知らないことばかりの世界で、知らないなりに問い続けて、答えを出し続けてきた。

私は霊的なことを話したりするが、数年前はサラリーマンでごくごく普通の人と変わらぬ価値感の持ち主だった。それが一念発起したら、霊性が開花して、見えないものがわかるようになり、科学信仰者でもあっただけに、超絶論理的な解釈でいい加減さやデタラメさ加減を排除しまくって、シビアに冷静に分析と洞察を繰り返して、今の理論を作り上げてきた。

怖れによって私は賢くなってきた。
怖いからよく考えるのだ。
怖くなければ、考えようとしない。
何故怖がるかといえば、痛い思いをするかも知れないからだ。
つまりは、痛みを回避したい気持ちが恐怖を呼び込むことになる。
そして、回避出来ると思い込むことで賢くなることは出来るが、痛みを本当に回避出来ると思い込むのはバカなことである。

 

人生に回避出来る痛みなどありはしない。

生きているだけで痛いのだ。
それが好奇心や冒険心やワクワクを選ぶなんて道の先に痛みがないとでも思うのは大間違いである。

滅多クソに痛いに決まっている。

だから、みんなワクワクを選ばない。
選びようがない。
ワクワクを消してしまえば、好奇心溢れる豊かな未知の世界に飛び込まなくても済むからだ!!!

なんて賢い!
挑戦しなければ失敗もない!
諦めている感覚もなければ、逃げているとも知らないで済む!
自分を騙す自分の狡猾さに敗れ続ければ、自分の世界は安泰だ!
そして好きだと思い込めていることをやっていればそれなりに充実した人生でいられる!
でも、本当にワクワクして活躍している人たちを見て「羨ましい」と思うことは、何も悪いことではないと信じ込んでいる愚かさがある。(あ、本当の事書いちゃった)

 

まぁ、羨ましいの裏側に、「こんな思い二度としたくない」という何かが隠れていたりする。
少なくとも「羨ましい」という言葉ってのは、ネガティブなイメージよりポジティブなイメージがあるが、充分ネガティブな言葉だ。

他にも、「輝きたい」とか、「見返したい」とかは、ポジティブではなく、ネガティブの言葉だと学習出来るといい。ワクワクしていく人生の反対向きにあるものだ。

だから持っているなら、改めた方がいい。

好奇心を取り戻したい方は、カウンセリングするからセッション受けにおいで。

1/10 広島対面セッション枠 申し込み(満席にて受付を締め切りました)

基本対面で受けられる方のみとしております。
50分1万9,440円固定としていますが、満足得られない場合は、安くなります。

 

この内容と無関係でも構いません。

「悪い考えが頭から離れない」
「認められる働きをしても何も変わらない」
「わかってもらえない」

など、日常の些細な疑問や悩みに対しても、言語化して気持ちを代弁して言い当てていき、直します。
「前世」「憑きもの」「喜ばして欲しい」などのご依頼にも対応しております。

心の悩みは尽きないものだけれど、自分のこの体と心を上手に使える手立てが見つかると、かなり面白くなるものだよ。人それぞれ、機能や性能に違いがあって、人を見て真似られるってものでもないけれど、一生涯付き合うのが心ってものだから、少しは上手に使ったらいいよね。まぁ、よくわからんのが心だけど、改善方法、心の穴の埋め方など覚えると、便利だよ。悩まなくて済む。これに尽きる。
心の問題も、やれば解ける。やらんから面倒くさいとか、イラつくとか、価値にもならん使い方ばっかすることになるでな。優しい心の使い方していこうよ。

 

 

楽しいことをより楽しく面白くする為に、笑えない心を笑わしていこう。

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