夢の持てない主婦たちに捧げる

自分の顧客層を振り返って見る。

一言で括るなら「真心で生きると決めた人」が昨年まで来てくれた方々だ。

うん、とても納得出来る。
自分の見失った感性を取り戻して、わたしに正直に、真心に従って行く上で必要なものを取り戻して行ってくれたように思う。

年末などは凄かった。

みんな、深い気づきを持ち帰り、本来のわたしってこれだぁって感じられたりするんだ。

体感覚で気づきが訪れると本当に強くなれる。

 

そんな時、「夢の持てない人には書かないの?」なんて声を聴き、どういうこと? って思ったりもした。
私のブログは真心に従いたいと決めた心の人が集まる場所で、生半可な軽い気持ちでは読めなくなったりする難しさが付きまとう。それでもここでしか得られないものがあるから、みんな来てくれているが、「夢の持てない人」は、そもそもこういう場所には関わらないし、紹介しても「合わないからいい」と断ることが常態化しているので、いくら誘っても見向きもしてくれない人たちだ。

 

簡単に表現するなら、「夢の持てない人」=「最悪は避けたい」と感じている人のことを指す。

誰しも、最悪な事態にならないようにしている。
それはそうだ。
当たり前のことだ。でも、これがイコールで結びつけられてしまうと困ってしまう。

 

何故、最悪を避ける発想が、夢を捨てる発想と関連づけられてしまうか説明しておこう。

まず「夢とは」何か?
という、言葉の定義から話していく必要がある。

夢とは
1,出来ないことが出来るようになり、難しさが簡単になり、知らないことを知れるようになること。
2,思い描いた通りに現実が現われ、満たされていくように高まっていくこと。
3,みんなより優れ、あなたを支え、わたし自身が自分を益々好きになること。

このように定義出来る。
ただし、別の定義もある。

夢とは
1,特別な扱いを受けて、優遇され、何でも代わりにやってくれて、誰からも愛されること。
2,必要な時に必要なものが揃い、自由があり、お金があり、優しさに包まれ、幸せを満喫出来ること。
3,自分だけは例外であり、束縛されず、全てを従え、言う通りにさせることが出来、わかってくれる人たちが何も言わずに動いてくれて、人生を謳歌していられること。

こんな定義もある。

1,青い夢は、「出来ない」があり、「難しさ」からはじまり、「知らない」環境に立たされることになるため、これを一言で言えば「最悪」となる。
2,その為、思い描いた通りになるためには、あらゆる出来ないを出来るように変え、どんな苦境の困難さからも脱出出来る力を備え、窮地に陥っても、緊急事態が発生しても、閃きと共に溢れるほどの知性でもって乗り越えられるように知れるようになる必要があるから、最初のはじまりは「最悪」から当然はじまることとなる。
3,おまけに、みんなより優れるには、みんなより劣っている状態から優れている状態に高まるステップを踏む必要があり、あなたを支えられないところから、支え続けられる程の忍耐や労を惜しまない成熟した精神力が必要となり、わたし自身が自分が大っ嫌いだと思っている心を、大好きだと惚れ込む姿に移り変わっていく道筋を高め続けて行くことになるには、どれも「最悪」な状態からはじまることに気づかなければならない。

よって、「最悪を避ける」=「夢を持てない」になれば、安泰たる人生を送れるが、無気力で憂鬱で退屈な人生が続き、面白くもない老化という現象にため息をつきながら日々を過ごすこととなる。

当然、その錯覚に気づかせる道には踏み込まない為、ここのブログには辿り着かないし、このブログだけは読まなかったり、読めなかったりするオチがつくから、「夢の持てない人」は夢が持ちたいのではなく、持ちたくないと解説出来る。

そんな人たちは赤い夢を大事に抱えている。
1.赤い夢は、何もしないことでなければ、特別扱いはないし、優遇とは言わないし、代わりにやってもらったことにはならない。何かしたら、その報酬や、恩恵で特別扱いとか優遇とか代わってくれるなんて当たり前だから、何か「最悪」を「最善」に変えて行くような「何かをする」なんて真似はしてはならないのだ。だから、夢など持てないとする。
2,不労収入など、何もしない状態にしなければ、必要な時に必要な時間とお金は手に入るなんて事はないため、まず取り掛かることさえしない。何かして優しさに包まれて、幸せに満喫したら、そんなものは「最悪」から「最善」に変えて行く行為になってしまうため、今が優しさと幸せに包まれて満喫している状態の結果になっているはずだがら「何もしない」でなければ最悪を認めてしまうことになる。よって、今が夢が叶っているとしているから、夢など持たないとなる。
3,自分だけが例外であれば、何か努力するとか困難をクリアしていくなどの常套手段を免除してもらえると信じていれば、いつか叶うという夢の中にいられる。何かしては、例外ではなく平凡に陥ってしまうから、それだけは認められない。夢は捨ててはならないという絶対的な教えに狂信しているから、この教えだけは捨てられないでいる。束縛されず、全てを従えている筈なのだから、誰の言うことも耳を傾けてはならず、全て自分の人生は自分だけで決めると固い決心の中に引きこもっているから、他人からのアドバイスは一切受け付けないようにしている。もし受け付けるなら「何かしてしまう」ことになるし、「最悪」であることを受け入れる現実を認めてしまうから、積み上げてきたもの全てが崩れる恐怖にさらされてしまうことになる。それだけは避けなければならないから、やはり人の教えには従えない。そしてわかってくれる人たちが、何も言わずに動いてくれる為には、自分の言いたいことを言わずに思い通りになるのをただひたすら待ち続ける作戦に出ているのだ。気持ちを伝えずに、相手が理想通りに動いてくれたとき夢が叶うから、しゃべってもダメ出し、本音を漏らしては元も子もなくなるから、やはりコミュニケーションは取らなくなる。よって、うっ積した思いだけが溜まり、不平不満で心が染め上がり、行き着く先は「諦め」という境地で無気力な人になることである。だから夢が持てなくなる結果に辿り着くのだ。

 

青い夢でも、最悪を避けて夢が持てないし、赤い夢でも、何もしないことで夢が叶うと信じても裏切られ続けた現実から諦めてしまって夢が持てなくなっているという末路が解説出来たこととなる。

 

このループにはまり込んだ方は、抜け出せないから「夢か持てない人」となり、人の話も聴く力がない為に、脱出不可能な無間地獄(これを輪廻転生と揶揄することもある)という。

何で、輪廻転生と表現するかと言えば、同じような人生をただ無限に繰り返している状態のことを指す。
同じ人生なのだ。
展開して行ってない。円で結ばれていて、螺旋になっていないことを指す。

青の夢でも赤の夢でも、好きにしてくれればいいが、青なら「最悪は避けられない」と気づく必要があるし、赤なら「何かし続けること」が必要となり弛まぬ努力が課せられるから、楽して儲けるなんて夢のような世界はないとなる。それを地で行ってしまった人が、「夢が持てない」になっているのだ。

 

 

どうしたらいいの?

 

 

と、我に返った奇跡的な人は、セッション受けたらいいよ。とは教える。
こんなものは、ブログで散々書いて来ているから、辿って読んでくれたらいい。
無料で有料内容を山ほど書いている。

それをどう咀嚼して取り込むかは、自身の経験値に寄ってくる。
短絡的に教えを請いたいなら、セッションが手っ取り早い。

今の時代、無料でだいたいのことは知れる。

夢が持てなくて、うっ積している人の悩みを解決することは、ネットの世界に幾らでも転がっていると思う。
それを探し出す手間をかけるか、お金で解決してしまうかの違いになってくる。

 

以上の内容一つとて、セッションを通してカウンセリングするなら、3,240円くらいの価値は軽くある。

なんせ、目が醒めるからね。

そして胸に突き刺さる。その痛みは最悪を避け続けて作り上げた幻想が崩れ去るものだからだ。

 

現実を正しく見ることが出来ない人に変化はない。

夢とは
1,有り得ないことを思い続けること。
2,自分は悪くないと思い続けること。
3,誰も助けてくれないと嘆くこと。

こんな定義もあるが、まさかまさか、この定義に従って夢を持っている人はこんな夢を見ている。

1,が転じて、誰かが私を見つけてくれて幸せにしてくれる。
2,が転じて、いい人に囲まれて、私は間違っていなかったと安堵出来る筈。
3,が転じて、君しかいない、と理想の人に求められて、二人の幸せな世界が始まる日を待っている。

という痛々しい厨二病患者のごとく夢を描いている人がいるから、それは妄想というものだから、辞めた方がいい。現実に戻っておいでと誘っておくよ。

 

良い夢を見て欲しい。

 

島対面セッション(満席にて受付締め切りました)

3人でまとめて受けてもいい。
時間単位だから、人数割りすることも出来る。
代表の人が申し込んでくれたらそれでもいい。

 

夢が持ってはイケナイ理由が隠されているものだから、この定義だけでは説明は不十分だ。
一人ひとり解釈も人生の背景も違う。
それを通り一辺倒な教えで解決出来る筈もない。
個別対応が必要な時代なのに、相変わらず「私にわかりやすく説明して欲しい」と夢を見る。
そうした気持ちでいる限り、何も受け取れないし、届かない。
コメント一言寄こせばいい。
そしたらアクションして自分から動いた現実に変わる。
コメント欄で私と無料カウンセリング受けている人だっている。

高い安いは自分で決めている。
価値のないものは高く感じるに決まっている。
価値があるものが安いはずがないと決めてかかっている。
自分の思い込みで生きている世界だ。

50分19,440円を安いと思って動く人は、3年後年収500万を越える生活水準に上がると聴いて信じる人と、高いと思って動かない人は、今の年収さえ維持できなく墜ちていくと思ったらいい。

これは見方によっては脅しでもあるし、警告でもあるし、見下しでもある。
そして、見方一つで、喜ばせようとしているし、支え与え配ろうとしているとも言えるし、あなたの可能性の高さを教えているとも言える。

どちらで見るかで世界は変わる。
どんな人も、そういうことを説明しているが、慣れ親しんだ解釈を切り換えるのは容易なことではない。

 

だから、踏み出さないことが正解で楽で安全でと思うのだ。
イチローや、レディー・ガガや、あなたが凄いと思うような尊敬する人は、そんな保守的な発想なのかどうか想像してみたらいい。

踏み出すために、今が不正解で、今が困難で、今が危険だと思い、踏み出した先が正解で、楽になり、安定へと繋がるものだと自分をいつも正しく追い込んでいると思えるかになっている。

 

よく考えて間違えるなら、考えずに動くことだ。
考えずに直感に従うなら、熟慮して周りの意見に従ってみるのだ。

夢の持てない人は、人の意見には決して従わないものだ。相談しておきながら、相手の言葉を聞き入れない。
わたしもそうだったからよくわかる。だから、わたしは全てと言うほど、自分の中から答えを見つけてきた。
人に従えないのは、従えるだけの解釈の多様さで、閃きに従うのではなく、経験や知識に従う解釈でしか関わってもらえなかったという「わたしを見てくれなかった」体験しかないからだ。

みんな閃きでは話さない。
話しているようで、大体は経験に基づくものになる。

わたしのカウンセリングは経験に基づかない。
知識を頼らない。
教えを信じない。
あなたを見ている。
あなたに聴いている。
あたが答えてくれる思いを代弁して伝えているに過ぎないから、届く。

いい加減、世に溢れる知識に従って生きるような真似は辞めた方がいい。
時代遅れだよ。

 

ネットはストリーミング配信という、今降ろしてきた情報を流していくものになっている。
ダウンロードして溜めて、ハードディスクやメモリーに記憶した内容を引っ張り出して使うような時代じゃない。

心は?

閃きは?

格納された記憶から引っ張り出して、古い経験の話を「今」使うの?
今降ろして、今話すのではないの?

そんなデタラメな心の使い方をいつまで続けるの?

 

そろそろアップグレードしない?

それがセッションを薦める理由だよ。

 

アップグレードに伴う不具合や、エラーを承知でバージョンアップするのか、もっとみんなが使うようになってから、アップグレードするのかは自分で決めたらいい。世の中、以外とみんな閃きで生きていて、自分だけがそうじゃないことだってある。自分だけが古い価値感に囚われているから、周りもそんな仲間で囲まれていて、気づけないこともある。連携できているから安心だ。グループごと危なかったりする。

 

青い夢の人たち、赤い夢の人たち、緑の夢の人たち、そしてその全ての夢を見つめることが出来る人たちがいる。わたしは全ての夢を見るところに立っている。あなたもそうならないかい? と誘っている。
伸るか反るか?

人生は一度切りだ。
楽しもう。どの夢も魅力的でしかない。
いつまででもその夢で遊びたいから、それにしがみついている。
いつでも夢は叶っている。

 

わかり合えたとき、笑えてわかるようになるよ。
それまでは、結構しんどいかも知れないね。

広島で会えるといいね。

 

 

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