陰陽という流れを感じる道がある

流れがある。
大きな潮流がある。
陰と陽に分けられるものだ。

「陰陽道」ともただ「道」とも呼べるものだが、それを感覚として風を感じ分けることは難しい。

陰の気や、陽の気と識別しようものなら、それを越えて俯瞰する感性を養っていなければ判別出来ないからだ。

感覚は違いが無ければ識別出来ない。

白色から白色を見ても差が無いから同じ色なので「違い」がわからない。
違いが無ければ、感じることも出来ないから「ない」と同じになる。
周りがいくら「白色だよ」と訴えても、自分は「ない」から「何を言っているかわからない」ということとなる。違いがないというのは、「わからない」状態に陥ることを指す。

だから、「違いを感じられる」というのはとても喜ばしいことになる。

陽の気とは、その違いを明確に識別できるものでもある。
とても実感しやすく、わかりやすく、確かめられるものである。

陰の気とは、違いがなく、識別しづらいもので見ようとしなければ見えず、見ないようにするなら見えないままでいられる思ったまま具現化することを指す。
とても実感しづらく、難しく、確かめることが出来ないものである。
けれども、一度わかるようになると、陽の気の差を持って識別することが出来、いとも容易くわかるようになり、簡単で便利で、何でも確かめられるようになるものでもある。

陰陽合わせ持つとは、陰の気の中にいることを指す。

 

風が吹くように、この地球という星にも陰陽の気が風のように流れている。
地球の中から外へ、外から中へ巡っている気の流れがいくつもある。

取り分け、この陰陽の気は存在している私たちに強い影響を及ぼす為、逆らわない方が身のためでもある。
とてつもない強い力も持っているため、抗い続けてしまった後に気を抜くと、とてつもないしわ寄せの波をもろに被ることになるため、場合によっては肉体の生命活動を維持できない危機に陥ることも考えておいた方がいいものでもある。

それでも、人は陰の気だけに染まりたがらず、陽の気だけに染まりたがらず、どちらもバランスが大事という概念に執着して、しがみついて流れに逆らおうとする働きをしてしまうものでもあるから注意が必要である。

 

多くの概念というものは、変化は嫌う。
バランスを大切にするものである。

 

では、台風が訪れ、突風が吹き荒れる時、既存の概念では、強固な護りを固め、強風に吹き飛ばされない建物に非難するのが陽の気の価値感だと思うといい。
陰の気は、強風そのものになって一緒に吹き荒れてしまえばいい。という「自然と一つになる」という自然崇拝や太陽信仰そのもの概念に浸るようなものである。風が吹くなら風そのものになってしまえば、吹き飛ばされるかも知れない概念から、どこまでも一緒に飛んで旅をする概念に様変わりすることになる。

風を見ている側が陽の気なら、風そのものになるのが陰の気だと説明する。

 

これを人の心でやってのけることが出来れば陰陽道を使いこなす道のはじまりとなる。

それを伝えるのが陰陽師となるのだが、何が陽の気で、どれを陰の気なのか識別できる感性を養えているかは、「無」「真」「空」という気の使い方を自在に陰陽の方向として扱いこなせる心を持たなければならない。

それらがわかると、「わたし」で出来ており、「あなた」の世界であることが識別でき、その両方の見る見られることによって存在しているかのように見せかけている幻の世界がここにあるだけというものが実感を持って話せる人になれる。それが出来る人を「聖者」「仙人」「導師」と呼ぶが、呼ばれる側から言えば「神に従う神の子です」と言うもので「桃源郷に思いを馳せているだけ」と伝え、「全ての人を師として教わっているだけ」と、自分を「ただの人」と言うものであったりする。

 

時代は、陰陽のバランスが取れた世界から、陰の気だけの世界に大きく傾いた。
1/27から、日本全体を陰の気で覆い尽くしはじめている。まだまだ世界には広がってはいないが、突風とも呼べる強風が吹き始めているから、風そのものになれていないと、陽の気にしがみつくと、後々大変な目に遭う。

風になる側も大変だ。
陽の気から陰の気に流れを変えると、自身が風になるなら、陽の気と衝突してでも風になると決めるのだから、陽の気を全て吹き飛ばす勢いを持ってしまう。世界の陰陽の気の流れを無視して生きると、いずれ耐えきれなくなって世界の風に吹き飛ばされることになってしまう。
それならば、風そのものになる訓練を今からはじめたらいい。

 

風そのものになると気持ちがいい。

陽の気に慣れているから、陰の気の使い方がわからなくて困惑するばかりで、つい陽の気に執着してしまうけれども、一つひとつ慣れていけばいい。使い方を身につけていけばいい。
全く意識の使い方が陽と陰では違うことに気づけるはずだ。

そして慣れると陽の気を使う必要がないとさえ思えるようになってしまう。

 

さぁ、あなたも陰陽道に触れて見ようと思わないか?

気の流れを見てみようとは思わないだろうか?

自分の肉体の可能性に触れて見ないか?

楽しくてたまらない。

テレビの中、アニメの中、漫画の中でしか描かれていない見えない世界が見える世界のように実感出来る心の使い方を教わることが出来る。

 

陰の気に乗りたいなら、このライブにおいで。

「私に還る歌の旅」
2/2(土)東京下北沢440
2/3(日)名古屋TOKUZO
2/10(土)大阪京橋BERONICA
2/11(日)大阪京橋BERONICA
2/12(祝月)高知X-pt

ライブ&チケット情報
HP あなむofficial web

来た人は、それだけで陰の気の波の本流に乗ります。
それだけで世界の流れが変わります。
津波のような陰の気を受けて、陽の気を一度に払い除けてしまいましょう。

元来、神社で「お祓い」とは、この陰の気を使うものでした。
陽の気だけでは、バランスを崩します。ついつい、陽の気で身を固めたくなるのです。
わかりやすいですから。

けれども、バランスと声高に言い放つ陽の気に染まると、陰の気を寄せ付けなくなる怖れが出て来てしまうのですよ。陰陽の識別が出来ない陽の気だけの人が「バランス」と訴えるのですからね。

陰陽道は、陰陽省というかつては国の機関として存在する大切な科学のひとつに数えられていたのです。
昔の人が馬鹿だとか、迷信を真剣に信じていたのではなく、わかる人がわかるように説明し、誰もが実感を持って体感していたから国の機関として成立していただけです。

現代は陽の気だけが蔓延してしまっているから、陰の気を「まやかし」とか「妄想」とか「お前の世界の話」と斬り捨ててフィクションとして扱わないと説明出来ないようにしてしまっているだけです。

ついに時代は動きましたよ。
この陰の気、わかります?

わかってくれると嬉しいなぁ。

 

しんどい思いをする人は「バンバンに陰の気を感じている証拠」です。
陽の気が陰の気に寄って祓われる流れは、熱が出る、だるい、苦しいといった症状に見舞われ、まるでインフルエンザと同じような状態に陥って、動けなくなります。
バッサリ祓い浄められて来て、スッキリしてくださいね。

抗うとろくなことになりません。

 

ライブ、来ると決めると、結構しんどい現象に見舞われることになりますが、這いつくばってでも来ていただけると、世界は美しく平和な時代へと突入します。陰の気によって、全てを優しさに包み込んで笑いに変えていこう。喜びはそこからはじまるよ。

 

幸せはわからないもの。
そのわからないものそのものがわたしだと気づけば、全てを幸せに変える力を手に出来ます。
陰陽道を通して、心の優しさを自分の手で、取り戻して生きませんか?

 

待ってます。

 

陰陽のメカニズムをあなたに届けます。

SNSでもご購読できます。

コメント

  1. Saori Ichihara より:

    セッションの時に誘われて、興味を持ったので行くつもりでチケットも購入しました。
    インフルエンザだけ流行っているので用心していますが、それ以外でしたら見に行きます。

    1. 噺家まさみち より:

      ありがとうございます。楽しみにしていてくださいね。

コメントを残す

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。