3つのポイントを探して、気持ちを軽やかに

迷いの渦に呑まれた時、心の羅針盤を見てみよう。

わかるまで探し続ける先に見つけた場所がここです。
辿り着いたあなたの感性に、「ありがとう」を伝えます。
絆があるから、見つけ出せた奇跡をみんなに贈る「ことば」の不思議がここにある。
ことばのカウンセラー・まさみちのブログで、新しいことばの意味に触れられることを願っています。
また、あなたに出会えた嬉しさと共に、必要とされている思いの欠片を置いておきます。

つい、いつもの癖で、自分を悪く言ったり、人から悪く思われているに違いないという妄想に耽(ふけ)り込み、夢か現うか解らぬくらいに一人になると考え込んでしまうものです。

一人になると、横になる(寝る)と、楽しそうな場所に行くと、なぜか気分が沈み込む。

 

そんな時、沈み込んでいく自分の心が嫌で、妄想に逃げ込んでしまうものです。

それが良いとか、悪いとかではなく、心のバランスを取るために、ちょっとでも脳内を楽しませようとするのです。けれども、不思議と楽しいことよりも、辛いことや悲しい物語を連想するなどして、更に落ち込んだり、攻撃されることや、責められることばかり思い浮かんだりして、散々な目に遭う妄想を作り上げてしまう不思議さがあります。

 

思考のループにはまり込むと、中々抜け出せなくなるものです。
前の記事では、答えを探そうとして、見つからない方法で取り組むなんてことをしていませんか?
と問いかけてみました。

少なくとも、そのやり方は違う。
と、それだけ知れば良いものです。

 

次に、そんな思考のループや、悪想念の渦や、悲しい物語ばかりを連想して、悲劇のヒロインが更に悲劇に墜ちていくイメージを持つのはやめる方法論を伝えてみます。

 

悲劇のヒロインの定義を伝えておきますので、該当者は、「はーい、わたしでーす」と元気よく、手を挙げて自分に向けて、「てへ、バレちゃった」と笑ってあげてください。

悲劇のヒロイン・ヒーローの定義とは
1,みんなから除け者にされていき、どこからともなくヒーローが現われ助けてくる夢を見る。
2,みんなからいじめられ続け(これが悲惨なの)、特別な力を身につけ、悪い奴らをやっつけて勝ち誇る夢を見る。
3,みんなの知らない世界に行き、幸せな人たちに迎え入れられ、温かさを取り戻して行く夢を見る。
4,どんな苦境でも諦めずに頑張り抜いて(これが苦痛なの)、不屈の精神を身につけて、見返してやる夢を見る。
5,忌み嫌われている自分がある時、特別な生まれや力を持っている選ばれた存在だとわかり、人知れず人助けをして、みんなを救って回るけれど、誰からも感謝されない孤高さのまま闇に生きる夢を見る。
6,何をしても失敗ばかりで、誰からも認めてもらえない自分が、ある時何かを切っ掛けに目覚めて苦難を乗り越えながら成長し、気づけばみんなから認めてもらっていた夢を見る。
7,社会のしがらみには勝てず、諦めと焦りと絶望の淵を歩きながら生きているのに疲れ、死を選んだ。気づけば別世界に飛んでおりそこで見違えるような活躍をしてその世界の救世主となる夢を見る。
8,ありもしない空想の世界と現実世界が交錯し、摩訶不思議なことばかり起きて、色んな事がわかるようになり、出来るようになり、毎日が楽しくなっていく夢を見る。
9,達観したものの見方が出来上がってしまっていて、常に醒めた目で世の中を眺めており、人の運命を左右する岐路を選ばせる役割を担い、「決めるのはあなたよ」と、全てが相手任せの夢を見る。
10,気づけば別の物語がはじまり、先ほど居た世界はなくなり、新しい世界を次々と渡り歩き、前後の脈略も関係性もなく、流されるまま生きていく夢を見る。
11,囚われた世界の住人であり、どこからともなくやって来た誰かによって世界の外に連れ出されて愛を見つけていく夢を見る。
12,大切な妹や恋人が純粋だけれど無能でいじめられていて、それを庇い続けて生きるのだけれど、残酷な人に惨い仕打ちを受け続けたところに、救いの手が表れ、世界の裏側を知り、世界を変えていく夢を見る。
13,何もない。何も得られない。虚しいことの繰り返しの毎日が突如異界のものによって蹂躙されていく。名もなき孤高に立ち向かう見知らぬ友と共に、異界のものに立ち向かい世界を救う旅に出る夢を見る。
14,争い、戦い、繰り返し止むことのない虚しい意味のない世界において、黙々と任務をこなしている。ある時不思議な生き物と触れ合い、忘れていた人が持つ純粋な愛を思い出していく夢を見る。
15,残虐であり、殺伐としており、血も涙もない悪辣な世界において、悠然と正義を振りかざすものの踏みにじられる。それでも何かがおかしい、間違っているとみんなと力を合わせて悪を駆逐していく夢を見る。
16,世界は破壊し尽くされていて、生き残った者たちが無意味な争いを繰り広げていく。ただ生きることのみを前にしたとき、人は何を思うのか、何を大事にするのか、何があればいいのかを問い続けて答えの出ない夢を見る。
17,希望溢れる光の世界にいきなり連れて行かれ、平凡な自分が特別な使命をいきなり背負わされ、逃げ出すことが出来ない宿命を背負わされ、元の地上に堕とされ苦難に悶え足掻きながらも負けん気で頑張り抜いて成長していく夢を見る。
18,突如、意味もわからず牢獄という人の形の中に閉じ込められる。言うこと、為すことが、思っていることと違った形で現象化して困惑する。整理つかない混乱の渦の中から生き延びるコツを掴み、やり方を学び、どうしようもない人の世界で生きる力を取り戻していく夢を見る。
19,気づけば地獄の底に堕とされており、極悪非道な悪魔たちに囲まれて生きる事を余儀なくされる。悪魔にも情があり、良いところもあり、可愛らしくもあり、関わり方一つで住みやすく変えられると気づいて、瞬く間に悪魔たちを従えていく欠くことの出来ない存在になる夢を見る。
20,一つ間違えば拷問とも思える激痛を受ける苦しみの世界に居て、どうにか痛みがないように工夫を懲らすが最後の最後で元の木阿弥に戻る。どうにでもなれと、全てを受け入れて痛がることを辞めたとき世界は生まれ変わり、世界の仕組みが解っていく夢を見る。
21,何でもアリの世界に堕とされ、阿鼻叫喚の苦しみに泣き叫びながら愛を探し求めて楽園を目指して旅に出る夢を見る。

と、このように悲劇のヒロイン・ヒーローの定義付けが出来るけど、どうでした?
書いていて思ったけれど、これ漫画やアニメの設定だよね。

これを元に作品作ると受けるかも?

というか、みんな悲劇のヒロイン・ヒーロー願望があるから、その手の作品がヒットするんだろうね。
別に悪い事じゃない。
この人の世界が苦しいから、心の世界に逃げ込み、そこで妄想を膨らませ一人夢現(ゆめうつつ)に浸り込むのね。

そんな1や2の設定で燃えている人は、「除け者にされる」「いじめられる」という設定がリアルに妄想の世界でやり過ぎちゃうから、しんどい思いばかりするのね。

しかも、不思議と、ヒロイン・ヒーローが現われて救い出してくれないの。
ずっと、除け者か、いじめられるシーンばかりで展開していかないのね。
ぐるぐると、堂々巡りなの。

どの数字の夢もなんか不毛で悲惨でしょ? 中には「おっ!」と思うようなものもあるけど、展開していかないと序盤はどれも悲惨で残酷で苦痛に充ち満ちているのね。みんなの想像力はそこでストップする訳です。

なので、この序盤のイメージを際限なく繰り返してしまい、辛いばっかりになるのです。

 

うーん、やめよう。
止そう。

 

そう言って、止れば良いんだけれどね。

そんな悲劇のヒロイン・ヒーローごっこの妄想にどっぷり浸かって楽しんで泣いているあなたに朗報です!!

 

ポイント1
「わかりました」
声を出して、宣言してみる。

何もわかっていなくても、しんどく、辛く、苦しくてもいいので、まず唱えてみる。
1,気持ちを、上に向けて言う。
2,気持ちを、左右に向けて言う(意識を左右両方へと広げながら言ってみる)。
3,気持ちを、前後に向けて言う(意識を前後両方へと貫きながら言ってみる)。
4,気持ちを、四方に向けて言う(意識を前後左右へと→行き、←来させながら言ってみる)。
5,気持ちを、全方位に光が放つように輝く感じで言う(意識を放射状に言ってみる)
この5ステップを踏みながら、「わかりました」と宣言することで、塞ぎ込んでいた気持ちから抜けるかも知れない。

 

ポイント2
「悪い限りを尽くしてみる」
自分自身の中にある、ありったけの悪役の発想を目いっぱい意図的に連想してみる。
気分が塞ぎ込むなら、徹底的に塞いでやる方向へと、気持ちを向けてみるやり方である。
逆転の発想であり、善ばかり考えても苦痛なだけなので、弛緩していっそ悪ばかり考えてみると発想が入れ替わり、斬新なものの見方や、見解をひっくり返して見たところ見落としていた解釈を発見出来るなどして、メリット尽くしかも知れないと思ってやることである。
自分の悪役っぷりを知り尽くしてみることである。
これは、上記の21定義における、2,17,19の夢を見がちな人には欠くことの出来ない力となる。
これが出来なければ、世渡りが出来ないとなる。
情けをかけてもらえないことに憤慨するのではなく、情けをかけられない相手の生い立ちを思いやるには、一度悪そのものに浸りきり、その思考の裏側にある切ない物語を知ってみることである。
悪者にならなければ、悪者の生い立ちに思いを馳せることもない。
自分の世界に敵や、悪役を登場させているのは他ならぬ自分である。
だからこそ、その悪そのものになれれば、意気投合して平和になるかも知れない。
その道を開くやり方である。

 

ポイント3
「損をしてみようと考える」
今の状況下において、大損害に繋がるような連想をしてみる。
これは、有り得ない事を敢えて連想する力を養うことで、発想の自由さを培うものである。
「発想を柔軟に」という言葉は易しく伝えるものだが、「では、どうやるのが柔軟性のある発想なのか?」と問われたとき、頑固さから柔軟さに誘導出来る手段や方法論を持ち合わせているか、考えてみるといい。
先生ですら、方法論を持たない人だっている。
発想を柔軟に変えて行く為に、不利益なことを連想して、その先々で起きる不具合や、不吉なことを安全な場所から考え尽して見るのは、余裕ある心に育てていくものとなる。
心の平穏さを取り戻すには、実生活が平和でなければ不可能である。
今日、食べるモノがあり、住まう場所がある。
おまけに働くことが出来るなら、安泰である。
その中でしか出来ない心の平穏さがあるから、心の闇などを祓うことが出来るのである。
損していくことを考えても、他人が自分にしてくれることについては何も考える必要はない。
考えてもいいが、誰もが自分が損した通りに相手も真似てくれることを考えたらいい。
やってみることである。

 

このように、悲劇のヒロイン・ヒーロー妄想に耽ってしまうのも楽しく乙なモノであるが、それは漫画なりアニメなり、映画なり小説なり見て楽しむことにして、自分の見解乏しい世界観で夢を見ても序盤から一向に展開していかない辛いばかりの夢なのでやめよう。

いかんせん、想像力が乏しい_| ̄|○
貧相な想像力は、悲惨な展開しか連想出来ない_| ̄|○
それに連動して、この現実世界も苦痛に充ち満ちた世界になっていたら目も当てられない_| ̄|○
よそう、やめよう!
やめるでやめられるものだから。
でも、もしもやめられない人の為の3つのポイントなんだ。

 

これでも難しいかも知れない。
そんな時は、一人気持ちいい喫茶店や、堤防なり、お寺なり、花でも愛でながらぼーっとすることだ。
そうして、気持ちを一度リフレッシュ(回復)させてからでないと、自分の心と対話してみようなんて出来たものでもない。
それほど、人の心がうつうつとした場合、言う通りにさえ出来ないもどかしさの中に封じられるのだ。
外に連れ出してやる必要がある。

 

天気が良い日に、ちょいと散歩に出かけてみよう。

春の陽気に連れられて♪

気持ちも軽やかになりました♪

心なしか、みんなもいつもより笑っているように見えました♪

気づいたら、私も笑顔になりました♪

 

 

思いでの岸辺に辿り着いた時、大切な気持ちを拾いました。

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コメント

  1. 「ポイント3」はよくやってました。
    そして、「それに比べて現実はなんて素晴らしい世界なのだ。」と思う気持ちと、「もしそうなればこうしてやるのに。」なんて妄想に走り、アカンアカンと現実に戻そうと振り払ったりしていました。
    だからいつもこの現実が「奇跡が起きている」と感動している自分もいます。
    受け入れきれていないままのようですが(笑)

    1. 噺家まさみち より:

      自問自答をしても、中々答えられない問いも多いものです。
      感じ方を変えて、今まで以上に突き抜けた発想で物事を捉えてみるといいかも知れません。

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