01-001-01 嬉しい気持ち 

何から話そうか?

わかるまで探し続ける先に見つけた場所がここです。
辿り着いたあなたの感性に、「ありがとう」を伝えます。
絆があるから、見つけ出せた奇跡をみんなに贈る「ことば」の不思議がここにある。
ことばのカウンセラー・まさみちのブログで、新しいことばの意味に触れられることを願っています。
また、あなたに出会えた嬉しさと共に、必要とされている思いの欠片を置いておきます。

困ったことが起きた。
泣かれた。
辛くなった。

 

生きていると、苦しいことは起きてくる。
人のせいであることもあれば、自分で陥ることもある。
そんな時、どうすれば、その苦境から抜け出して、笑えるように戻れるだろうか?

 

あなた自身の場合もあれば、友人の場合もある。
兄弟、姉妹かも知れないし、親のうな垂れる姿を前に思うこともあるかも知れない。
もちろん、我が子や、親類縁者の子や、子の友達かも知れない。
関わる人が、思い悩んでいたとき、どんなことを支えに立ち直ればいいのか?
それを教えて行こうと思う。

 

良ければ、聴いてください。

 

答えに辿り着くには、答えを知っておくことも大切なこと。
それは「笑うこと」だと思う。
これに異論はあまりないと思うが、もし、「笑う」だけでは、ダメだろう! と、それ以外の意見として考えられる「真面目にする」「真剣になる」「恵みを与える(仕事に取り組んでいる様で一心不乱に働くこと)」など、「笑う」姿では現われないこともあるから、それとは別だと説明しておくので、誤解しないでください。

 

人の心は、「ああ言われれば、こう思う」という仕組みもあるので、一つを説明し始めると、三方を話さないといけなくなる。

この三方を話すようになると、五択(ご託)を並べて、その三方に五つの解釈を添えなければならなくなる。この五択の解釈を添えると、七つの深みを違いを説明しなければならなくなる。

さらに、七つの深みを説明すると、九つの見え方があることを立証しなければならなくなる。
こんな場合とあんな場合と二つの前提条件によって感じ方が変わることを事例に基づいて紐解かなくてはならなくなり、二つの条件下においては、四つのパターンがそれぞれにあることを話さなくてはならなくなるのだ。

これを、四つのパターンごとに六つの解決、改善の仕組みと安定方法があると教え、その六つの方法論の先に八つの世界観における認識の持ち方の背景の育て方の歴史があることまで捉えて、表示しておかなければならないものである。

一つの説明に対して八つの背景による感じ方の違いもあり、またそれを上から見るか、下から見るかによっても感じ方は変わるモノである為、一つを説明するつもりでも、一体どの局面において、どこに向けて話していけばいいのか途方もなくなる。

終いに、一が十にも二十も話さなければ、伝わらないものとなってしまうのだ。
解説していく先から、「あれは? これは?」と聴く側もこまれで学んだ知識との照らし合わせが行われる為、聴いた話と違う、学んだ内容と違う、それは悪だと教わった、これは善だと教わったと議論となってしまうのだ。

それで「ああ言われれば、こう思う」という仕組みを話し出すと、終わらなくなるのがこの話の難しいところとなる。

千日かけても、話しきれないお話しになるけど、聴いてくれるだろか?

 

既についていけない話になっていると思う。
平たく言うなら、一つを説明する為には、たくさんの解説を添えつけて話さないと、本質を届けることが出来ない厄介なものだと言いたいのだ。

 

まず、最初の話しとして聴いてもらいたいのは、道に迷ったときは、「嬉しい気持ちを探す」ことである。

よりマシな嬉しさでもいい。

どちらを向いても、どこにも嬉しさを見つけ出せない場合は、そこから離れることも考えて見たら良い。
頭の中は自由である。
行動に移せない場合は、頭の中の妄想を繰り広げてみることである。

楽しいことでも、笑えることでもなく、嬉しいことを探すのがポイントとなる。

最初は、これだけでも難しいものとなる。

 

大事なポイントとしてあげられるのが、「私も嬉しいし、貴方も嬉しいし、皆も嬉しいこと」を選べるといいものだが、これが凄く難しい問題だ。それでも探してみる価値はある。

誰かが我慢すること、誰かを犠牲にすること、つまるところ自分を殺して人に尽くそうとする発想を排除していく解釈を持たなければならなくなる。義務や、義理、建前を大事にし過ぎると見失ってしまうものがあるから注意して欲しい。

この「嬉しさ」をキーポイントにするのは、とてつもない労力を使うこととなる。

これは、「自分の考え方を疑う力」が必要になる為、客観視する力が大切になるのだが、この客観視すらやっているつもりでも出来ないことが多い。

それ故に、「嬉しい気持ち」とはどんなものだろう?

と、改めて考え直してもらいたいのだ。

自分の生き方につまずいたり、悪く言われるばかりで、立ち止まらなければならなくなったとき、一体何が正しくて、何が間違いなのか、それを知らなければならない。

 

自分を知ることの大切さを取り戻して欲しいのだ。

この先、変動の時代を迎えたとき、横を見て、みんなの反応と呼応して動いていることがどれだけ危険か思い知っていくこととなる。そうならぬように、自分の価値感を正し、自分を知り、自分の力で、苦境に陥っても揺さぶられることなく堂々として生きる姿を見せられる人でいてもらいたい。

 

力強く生きる為の、「ことばの教室」を開くので、「嬉しい」と感じられるなら、読みに来て欲しい。

ここで、待ってます。

 

思いやりを向けられていることを感じる力は、笑える力でもある。


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