この日が来るなんて

ことばのカウンセラーまさみちです。

人の深層心理や、思いの流れや繋がりなど
意識の使い方によってわかる、わからない
が識別出来るようになってカウンセラー
しています。

 

言葉が届く人には届く、届かない人には
直接やり取りして、言葉の共通認識を
改めて行かなければ、伝わるものも
伝わらないものです。

 

自身に降り注ぐ困難な出来事は
優先して取り組むものだとして、
自分に襲いかかるような相念など
紐解いて行く内に明らかに
地震による被災の悲鳴だと
わかることが何度かありました。

 

結果、地震の予知をしたものの
外れる限りで当たりもしない。
言った分だけ信頼や信用を
失う証拠が出来上がるだけ。

 

それでも危機意識を少しでも
持ち、備えが出来たなら
それでいいかとも思う。

人は前々からわかっていたら
良かったのに! と思うもの
だから、今回の大阪地震は
前兆として捉える雰囲気も
ある。充分予測出来る備え
が出来るものとなっている。

 

あとは、各々が行動に移して
いるかどうかである。

 

とはいえ、予測の困難さは
来ると思って避けた方に
問題が発生して被害に遭うなら
避けなかった方がマシだった。
なんて話もある。

 

詰まるところ、予知など
意味がないと帰結する。

 

避けられない予知など
しても意味がない。

 

ただ、今回は被災する人の
相念が何に気づく為に
そのケガや事故に見舞われる
かを調べたら、それらしい
ことを発見したものである。

ただ、それも信頼おける
人に伝えるものであって、
公に言うようなものではない。

 

混乱を与えたなど、
非難される材料になるだけで
どれだけ善意で動こうにも
受け取り方一つで非難の的に
される。

 

必然的に被災するなら、
その必然たる背景を知り尽くして
根底から変えれば変わると
私は思っているだけである。

 

例えば、「我がままにならず、
人を立て、控えめに生き、
夢を語り合い、嘘をつかず、
困らないように努め、
備えを充分にして予測して構え、
何事も起きないことを願っている」
という思いがあるとする。

 

すると、必然的にこの思いに
相対する相念を引き寄せること
になる。

 

例えば、「不慮の事故に遭うの
ではないか、責め立てられるの
ではないか、屈辱を味わされた
くないと怯え、無意味にされ
ないように必死に身構え、
生きる気力そのものを奪い
取られないように執着して
守り通すようにし、何も
する気がなくなるような
扱いをしてはならないと
大声で呼びかけ、
積み上げてきたもの全て
が夢と消えてなくなること
などは、あったとしても
考えないようにして、
全てにおいて嫌になる
感覚が少しでもあれば退けて
自分の身は自分で守るもの」
と考える思いを引き寄せる
ことになるとする。

 

 

この二つの相念が引き寄せ合い、
対消滅することになる瞬間を
必然と言うのか? それとも
偶然と言うのか? と表現を
どちらにすれば適当なのかは
よくわからない。

それでも、対消滅する時に生まれる
相念がもしも、こんなものだと
するなら、納得出来るか
どうかにある。

 

「どんな時も助けはあるし、
許されないことなどないし、
生きて行くには時に非情に
なることもある。それでも
前に進まなければならないし、
嫌でもやり抜いて行かなければ
いけないこともあるし、
泣いている暇などないから
出来ない事を出来る事に
変えて行くしかない。
今、生きているなら、
笑いかけていくことしか
やれることはない」
という思いに変わるなら、
相念と相念がぶつかり、
新しい相念となって
生み出される元となる体験が
地震であるなら、それも
歓迎できるものになるのかも
知れない。

 

地震という体験を通して
もたらされる気づきがあるなら、
その前兆の波が感じ取れる
なら、きっと何かわかるかも
知れない。

 

それでも、地震予知や予測で
確かな効果が得られたものなどない。
だから、今回も外れることを祈る。

 

 

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